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『Get Out』の事例:ヒットの裏の戦略は?「人種差別×ホラージャンル」に娯楽性のある斬新なコンセプト
公開日: 2017/05/19

ハリウッドでのヒット研究 - 『Get Out』『スプリット』#03

2017年3月中旬、ロサンゼルスで開催された米バラエティ誌主催の映像業界関係者向けのカンファレンス"MASSIVE The Entertainment Marketing Summit"から、企画の面白さでスマッシュヒット創出を続けているBlumhouse Productionsのブラム氏と同氏をサポートするユニバーサル・ピクチャーズの幹部がヒットの裏側を語ったセッションを4回に渡ってレポートします。
第三回では、『Get Out』ヒットの裏側を深堀します。(前記事:「低予算映画の企画と宣伝における革新と実験」)

登壇者:
ジェイソン・ブラムBlumhouse Productions プロデューサー兼創業者/CEO )
ジョシュ・ゴールドスタインUniversal Pictures ワールドワイド・マーケティング部門プレジデント )
マイケル・モーゼスUniversal Pictures ワールドワイド・マーケティング部門共同プレジデント )


インタビュアー:

クラウディア・エラー(『バラエティ』誌共同編集長 )

『Get Out』(日本公開日未定)

全米2017年2月24日公開、全米興行収入1.7億ドル、製作費450万ドル(2017年5月8日現在Box office mojo)。長編監督デビューのジョーダン・ビール監督による作品で、批評サイトRotten Tomatoes では99%フレッシュの高評価を得ている。ストーリーは、黒人男性と白人女性のカップルが女性の両親の田舎に遊びに行くというところから始まり、内容は、ホラー映画にリベラルな白人の中にある“隠れた差別などの「社会問題要素」を取り入れた作品となっている。

 

クラウディア・エラー( インタビュアー ):

この映画をご覧になっていない方は、ぜひ観てください。本当にすごい映画です。非常に掘り下げ甲斐があって、興味が尽きません。でも、この映画のマーケティングを検討するにあたって、まず考えられたのは何で、どのようなプロセスを経て決定されたのでしょうか?

マーケティング戦略立案にあたっての視点

「大統領選を経て注目度が高まっていた人種差別という社会問題を扱う文化的関連性もあるホラー映画だった。2つのレイヤー、ホラージャンル映画としても、メッセージ性のある映画としても、観客に届けようと考えた。」


ジョシュ・ゴールドスタイン( Universal Pictures ワールドワイド・マーケティング部門プレジデント ):

最も大切な点を2つばかりご紹介します。『Get Out』の最も面白い点は、文化的共感性をもったホラー映画であることです。大統領選の後に悪化した大きな社会問題である人種問題を、これまでにない切り口で取り上げています。政治に寄り過ぎた映画を製作するのではなく、ひそかに政治的であり、ものすごく斬新な映画を作ったのです。

根本的には、着手したその瞬間から、これは2つのレベルでマーケティングできる映画だと確信していました。非常に見ごたえがあり恐怖を感じさせるホラージャンル映画としてマーケティングできる映画であり、同時に文化的に痛いところをつくタイプの映画でもあります。深い社会的共感性があって、人種を問わず誰もが自分に関連するものを感じる形で表現し、問題提起したのだと考えられるものです。映画の中のいずれの側もきちんと扱うことにしましたし、それが幅広い層に受容される理由の一部なのです。

「劇中の登場人物は極端な差別主義者あるいは、極端な反差別主義者ではないことも重要だった。登場人物は悪意を持って差別しているわけでなく無意識であり、それは社会における多くの人たちを描いている。」


マイケル・モーゼス( Universal Pictures ワールドワイド・マーケティング部門共同プレジデント ):

ジョーダン(・ピール)が素晴らしかったのは、人種問題を両極で描いて終わりとしなかった点です。描かれている人種差別主義者たちは決して意図的にそうしてはいません。この会場にいる人たちと同じです。

先週目にしたツイートで気に入ったのは、次のスター・ウォーズの監督ライアン・ジョンソンのものです。
『Get Out』の世界では、『Get Out』に出てくるような親が『Get Out』の大ファンだとクリスに対して言うんだ」とつぶやいています。その通り。ポストリベラル的ですよね。

ヒットを確信した予告編ローンチ

「予告編を公開したとき、めったにないものすごい反響が起こり、手ごたえを感じた。奇跡のような宣伝展開をすることができた。」


マイケル・モーゼス:

その特徴はまさに映画のメッセージそのものであり、私たちは予告編でどこまで明かすかジョーダンと激しく意見を戦わせました。すると、不思議なことが起きました。マーケターなら誰しも夢見ると思いますが、予告編を公開するとあっと言う間に拡散され、ひとりでに広まったのです。


予告編の再生回数は6000万回を数えました。皆が熱狂し、シェアし、見逃せないと言ってくれるまで時間はかかりませんでした。「これはすごいことになりそうだ」と実感する瞬間です。そんな映画に関われることはめったにありません。

世の中にはインフルエンサーはたくさんいて、その中には本当にインフルエンスしているのか、と疑わしい人もいますが、チャンス・ザ・ラッパーのように真に影響力のある人が、自分で試写会を主催してまでこの映画を広めようとしているような場合、次元が違う展開が起こります。真に成功するプロモーションには「めったにないこと」が起こるきっかけとなる瞬間が大事なのです。文化に風穴を開けるのは非常に困難です。自分が会話の主導権を握る、このような瞬間をつくりだす必要があります。

 

私たちは公開の前月にサンダンス映画祭で予告なしの作品として『Get Out』を上映しました。そこで一気に火がつきました。観客はこの作品について予備知識がありませんでしたし、今年のサンダンスはデモが予定されていた非常に特別なものでした。抗議デモでした。あの時私たちの映画の存在は、予告編から全く別の次元へと移りました。すべてがこの映画を後押しし始めましたのです。信じられないような経験でした。

話題になった予告編に込めたメッセージ

「人種差別に関する要素があることは伝えたかったが、ありがちな、極端な人種差別主義者が出てくる映画に見えないように努めた。『日常生活に潜む人種差別』の瞬間をとらえた内容であることがわかるような構成とした。またこの映画が小難しい内容ではなくあくまで娯楽作品であることも伝えるようにした」


クラウディア・エラー( インタビュアー ):

『Get Out』の予告編第一弾は結果的にはバイラル的に広がりましたが、どのようなお考えでしたか?何を見せて、何を伏せておこうと考えていらしたのでしょう?


ジョシュ・ゴールイドスタイン:

私は映画に描かれている人種差別意識を打ち出したいと思っていましたが、今までにもあった流れの作品として扱われたくはありませんでした。今までにあったのは、シーツを被ったクー・クラックス・クランに代表される南部の人種差別という古い観点です。私たちはこの映画の巧妙さを大切にしたかった。皆をゾクゾクさせるような仕掛けをあれこれ繰り出しました。最初に、人種差別を卒業した世界に住む自分たちを象徴するような、あの人種の異なるカップルに信ぴょう性のある舞台を与えるのは非常に重要でした。

予告編を思い出していただければおわかりいただけるでしょうが、ダニエルが演じた役(主人公)が「ぼくが黒人だって話したかい?」と言うと、彼女は「言う必要がある?ないよね」と答えます。私たちは、感覚的に日常の中の“その瞬間”を感じさせる何かを入れたかった。足元をすくわれて初めて視聴者は、自分たちにもそういった考えがあり映画の中でひどい行いをしているのは自分たちでもあると気づくのです。

同時に、ジャンル特有の要素も備えていて、このジャンルの中でも正真正銘の怖い映画であることを皆さんにわかっていただきたいと思っていました。

怖がらせる要素もありますが、それと同時に、"Mind is a terrible thing to waste" (高等教育を受ければ優秀な人間に育つかもしれない青少年たちに教育を受けさせないのは国家の損失だというニュアンスのスローガン※)も背後に見え隠れしています。映画で描かれている、ストーリーの基になった考えのうち、もっと大きなテーマに沿ったアイディアを反映したものがこれです。
(※大学奨学金を集める団体のスローガンで、経済的に余裕のない黒人や少数民族の家庭に育った子供たちに大学教育を受けさせるために支援を呼びかけた標語。アメリカでは広く浸透している)

映画をご覧になれば、文字通りにも比ゆ的にもそれを表現していて、それが2つのレベルで解釈され共感されるパワーになっていると思います。言葉で説明すると複雑なニュアンスのように聞こえますが、確かにその通りです。このことこそが、映画特有の性質や共感性につながっています。


マイケル・モーゼス:

ヒットの要素のひとつには監督のジョーダンが生来のエンターテイナーであり、「キー&ピール」時代から私たちが彼を知る限りにおいて常に人を楽しませようとしていることもあると思います。この映画は耳障りな論争を仕掛けてはいません。腹に一物ある娯楽映画であり、『ステップフォード・ワイフ』『招かれざる客』などの映画にインスピレーションを受けた人物の監督作品です。シリアスな内容を、観る者を引きこむエンターテインメントなやり方で表現することを意図的に試みました。私たちは同様のアプローチでプロモーションを展開しようと考えたのです。

予告編に関するエピソード:

当初はネタバレ的な要素が入っていたが、本作が初監督・初脚本であるジョーダン・ピールがその案に反対した。その意見を尊重し、結果それが大成功につながった。


ジェイソン・ブラム( Blumhouse Production プロデューサー兼創業者/CEO ):

タイミングが良く、また予告編は完璧でした。ただ、ジョシュとマイケルと私の全員が何かに関して意見が違うことが一度だけありました。プロデューサーもマーケティング部門長も賛成したアイデアを、初めてメガホンをとった監督が拒否したのです。ジェームズ・キャメロンならいざ知らず。

 

しかしその際、「ジョーダンの思うとおりにやらせよう」と決めてよかったと思っています。ここまで共同作業という意識を持てるのはあまりないことです。特に先ほど言った通り、面白くもありハリウッドでは珍しいことです。公開の旗振り役である彼ら(ジョシュとマイケル)は映画製作者としての感覚に逆らって動いたのです。非常にありがたいことでしたし、特別な瞬間でした。すべてがうまく運びました。プロモーションにおける特別な瞬間でした。
 

マイケル・モーゼス:

私たちは妥協しないのですが、あれほどの才能とスキル、そして自分がどこまでできるのか的確に判断する力のあったジョーダンの功績が大きいと思います。あそこまで明確なビジョンを持った映画人はめったにいません。初脚本、初監督となればなおのことです。率直に言って、彼は私たちに対して極めて説得力のある持論を展開しました。その際には、私たちは真摯に話し合いに応じました。私は同じことを経験豊富な人たちとの間でやってきました。私が言いたいのは、彼が非常に優れた映画人であり、今後彼の評判を何度も耳にするだろうということです。
 

クラウディア・エラー( インタビュアー ):

あなたの口からそう言われるとはたいしたものです。『Get Out』は彼の初めての作品だったのですよね。
 

ジョシュ・ゴールドスタイン:

彼はただ作っただけではなく、本当に伝えたいメッセージがあったのです。

<(4/4)『スプリット』の事例:「コンセプトメーカー」シャマランのカムバック に続く>

 ハリウッドでのヒット研究 - 『Get Out』『スプリット』レポート

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