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大ヒットを生み出す「イベント化」と「ライフサイクルマーケティング」
公開日: 2017/06/02

ハリウッドマーケティングリーダーが語る「映画公開の最新理論と実践」 (1)

<連載>ハリウッドマーケティングリーダーが語る「映画公開の最新理論と実践」

 “Studio Roundtable: The Art and Science of Opening a Film”


この連載は、2017年3月中旬、ロサンゼルスで開催された米バラエティ誌主催の映像業界関係者向けのカンファレンス"MASSIVE The Entertainment Marketing Summit"において、ハリウッドのマーケターたちがそれぞれの実践を語ったセッションレポートです。

映画部門だけでなく、グループ内の放送部門・デジタルメディアなどが一体となって映画公開を「イベント化」する必要性が強くなっているという最近の変化を背景に、ユニバーサルの“SYMPHONY”と「ミニオン」シリーズ・『ペット』/イルミネーションと『ジュラシック・ワールド』の事例について、ハリウッドマーケターたちが語りました。

モデレーター:
サラ・チャザン(「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙WSJカスタム・スタジオ論説員 )

スピーカー:
デボラ・ブレット( バイアコム(パラマウントの親会社)パートナーシップ/製品担当上級副社長
ミーガン・クロフォード( CAA(タレントマネジメント会社) 映画マーケティング部門長
ジョナサン・ヘルフゴット( オープン・ロード・フィルムズ(アカデミー賞を獲得した「スポットライト」などの映画製作会社)マーケティング部門長
デビッド・オコナー( ユニバーサル・ピクチャーズ グローバルフランチャイズマネジメント/ブランドマーケティング担当取締役副社長 
JP・リチャーズ( ワーナー・ブラザース ピクチャーズ ワールドワイドデジタルマーケティング担当取締役副社長 
ポール・ヤノーバー( ファンダンゴ 社長

デビット・オコナー(ユニバーサル・ピクチャーズ)

コムキャスト(親会社)には“SYMPHONY”と呼ぶ手法があります。簡単に言えば、全社をあげて特定の案件に取り組むトップダウン型の運営手法です。全グループ企業あげて盛り上げるオリンピックでの取り組み方が良い例だと思います。非常に幸運なことに、我々には“SYMPHONY”に値する映画が2~3本は必ずあります。

我々は、16のネットワークとファンダンゴを始めとする40のデジタルプラットフォームを有し、共同で戦略を策定し、全ネットワークで使用する派手な宣伝パフォーマンスや平面広告等メディア戦術一式を制作し、そしてもちろん、キャストを使って大々的に宣伝する方法を考えるわけです。

この手法は非常にうまくいっており、まだアニメーションでの実績がなかった頃にイルミネーション(イルミネーション・エンターテインメント:アメリカ合衆国の映画製作会社)と『怪盗グルーの月泥棒』でアニメーションビジネスを立ち上げた際にもこの手法を使用しました。『ジュラシック・ワールド』の時も、昨年公開第一週目に1億ドルを達成した『ペット』の時もそうでした。

グループ内の大きな権限を行使し全社をあげて取り組まなければできないことでした。過去5年にわたってやってきたことは我々にとって新しいチャレンジでした。強固な仲間意識を醸成し、社内に映画のマーケティングは熱意を持って取り組むものであるとする姿勢をつくりあげたのです。

ワーナーも各部門一丸となって外部のパートナーと協力、ジャンル映画ではこの映画を観たい人を丁寧に発掘し、DCシリーズをはイベント化して立ち上げ

JP・リチャーズ(ワーナー・ブラザース ピクチャーズ)

ワーナー・ブラザースでは、もう昔ながらの方法で映画の公開はできないことを認識したのが何と言っても大きいと思います。イベント化が必要であり、それを成功させるには社内とも社外パートナーとも完全に連携できていなければなりません。そして、デジタルが消費者を理解するための調査を反映し、リニアマーケティングや他の宣伝活動と協働し、適切なターゲット全員に“ここぞ”というタイミングで、自分たちの映画を意識させるための大中小様々なスケールの宣伝活動に落とし込むことが重要なのです。
 

その映画が万人向けのものでも、ふさわしいと思われる特定のオーディエンスのためのものでも同じです。また、間違いなく観てくれるオーディエンスに特化して訴求した昨年の『ライト/オフ(原題:Lights Out)』のような映画では、戦略的にそれを追求しました。もちろん、「DC」シリーズのような大作や『ワンダーウーマン』『スーサイド・スクワッド』のような作品は、世界中の人に知ってもらいたいので、ただ映画館で予告編を流すだけというわけにはいきません。インパクトがあって、映画のステータスを上げるような“何か”が必要です。すべてのアクションが一体となって相乗効果を生むように仕掛けられるかにかかってくるのです。それが我々にとって大きな変化でした。

協力体制の中で大切なのは「その映画が伝えたいストーリーが何か」である

ミーガン・クロフォード(CAA)

私はこう表現することがあります。ひとつの予告編やCM、バイラルコンテンツで何を伝えるかでなく、この映画全体から見たクリエイティブアートは何か、映画全体を通して伝えたいストーリーは何なのかという視点を持つべきだ、と。パートナー企業と協働して宣伝活動の中でフォーカスする部分を変えることで、ある登場人物をほんの少し前に出したり、ストーリーをもう少し伝えたりして、観客により多面的にその映画を理解させることも、そのひとつの方策だと思います。

イベント化には映画の「ライフサイクル」(映画宣伝の流れのなかでどのタイミングにあるのか)に注視する必要がある

ポール・ヤノーバー(ファンダンゴ)

私の方から付け加えるとすれば──この場にいる全員の役割はそれぞれ異なりますが、我々はその全員と協働できます。そして、私はJP(ワーナーのスピーカー)から話のあったイベントの性質に関して2つの点を重視しています。

YouTubeで映画クリップを予告編のティザーとして公開し、映画が本当の意味で認知を獲得できるように取り組む本格的な「ライフサイクルマーケティング」が増えてきている一方で、公開6週間前に映画の準備が整うように映画会社と万事整えるon-sale daysも増えています。以前には不可能だった頻度でそれが行われています。すべてがライフサイクルやイベント化、そして今日これから話題にのぼると思っていますが、データを中心に動いているようです。

 

様々なタッチポイントがあり、パートナー企業と提携がある中で、メディア、データ、イベント化とどのように向き合い統合していくかを、我々は考えています。すべてがライフサイクルなのです。

ライフサイクルという考えのもと、宣伝活動によって得られるデータからどうイベント化していくのか、新しい方法を模索している

JP・リチャーズ(ワーナー・ブラザース ピクチャーズ)

我々は、宣伝活動は自分たちのクリエイティブを受容させるためのものではないと考えています。宣伝期間中、我々は宣伝活動を通して消費者をよりよく知ることに主眼をおきます。どんなクリエイティブが受け入れられたのか、共感されたのは何か。我々はデータをフル活用し、それによってその先の戦略をブラッシュアップします。我々は今までよりはるかに賢明であり、それがビジネスの成長につながっています。その原動力はデータであり、イベントであり、ライフサイクルです。そして、我々はそのプロセスの中で、常に自社の映画をより素晴らしいヒット作に育てられる新たに機会を創出する方法を模索しています。率直に言って、素晴らしいことだと思っています。

映画は2時間程度だが、映画の宣伝は12か月かけて戦略的にその映画の世界観・ストーリーを伝えることに成功したものが大ヒットにつながる

ジョナサン・ヘルフゴット(オープン・ロード・フィルムズ)

私の方からも付け加えさせていただきます。

企業規模に関わらず、映画会社に共通するものとして、宣伝活動を異なるプラットフォームをつなぐものとしてだけでなく、ミーガン(CAA)が言った良い表現ですが、ライフサイクルとして考えていることです。


映画が1時間半から2時間でひとつのストーリーを伝えるのと同様に、宣伝活動は12ヶ月でそのストーリーを伝えます。そして、モメンタムを積み重ね、公開後最初の週末までの軌道――以前はこれほど長期にわたってコンテンツを公開する方法がなかったために必ずしも必要ではありませんでした――に沿って活動していくために、戦略的に動きます。こうしたことが、イベント化された映画が予想を上回る成功をおさめ、興行収入ランキングに名を残す大ヒットを生む要因となるのです。

< (2)データの役割と価値:「リアルタイム」と「クリエイティブ」に続く >

 ハリウッドマーケティングリーダーが語る「映画公開の最新理論と実践」シリーズ

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