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ハリウッドのデータ活用最前線とプロの勘所 『ヴェノム』『MEG ザ・モンスター』『クレイジー・リッチ!』大ヒットの背景(後編)
公開日: 2019/04/12

ハリウッドのトップマーケッターが語る映画マーケティング最前線2019(4)

 

連載第4回も引き続き、マーケティングにおいて「データ」と「直感」をどのように捉えるべきかについて、ハリウッドのトップマーケッターが持論を展開していきます。ディスカッションでは、調査結果と直感が別の結論を示すことがあることを『ヴェノム』や『MEG ザ・モンスター』の事例から紐解いたほか、データとクリエイティブの分かち難い関係についても触れました。
※本記事で触れられているサービス内容はカンファレンス開催(2019年3月)時点の情報です

 

《目次》

 

宣伝戦略における『ヴェノム』のミスと効果的な方向転換

 

 モデレーター
SNS上のフィードバックには耳を傾け、必要であれば、つまりフィードバックが無視できないほどネガティブであれば、軌道修正されますよね? ジョシュ、少し前に公開された『ヴェノム』に関するエピソードを紹介いただけますか。

 

 ジョシュ・グリーンスタイン(ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント)
あれは完全に私のミスでした。誰しも時折そうなるように、焦りがありました。準備が万全ではなかったのに、急いで宣伝を開始しようとしてしまったのです。視覚効果も仕上がっておらず、ともかく拙速でした。「自分たちはヴェノムが見たいのだ」と大声をあげた、インターネットという世界最大のフォーカスグループを通じて学ばせていただきました。彼らが見たかったのは、ヴェノムが人間の頭を食いちぎるシーンであり、最高の悪役である姿だったのです。もちろん我々はこういったトーンを反映させて、結果は上々でした。

調査の手法はこの数年で大きく変わっていますが、ブレアが言っていたのは、調査と戦略の検証の方法としてインターネットを巨大なフォーカスグループとして使用する場合でも、直感を無視すべきでない点です。

全体のストーリーを明かさずに高揚感をかきたて、興味を醸成することは可能なはずです。調査を実施するとそういう結論にはなりにくいのですが……。先日、ケヴィン・ファイギ(マーベル・スタジオ社長)と話したのですが、『アベンジャーズ』の宣伝活動は見事なものでした。『アベンジャーズ』ですから当然と言えば当然ですが、ともかく彼らは情報を伏せておきました。観客はそのような製作者側の自信こそを求めている場合が多いのだと、私は思います。

 

 ブレア・リッチ(ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ/ワーナー・ブラザース・ホーム・エンターテインメント)
ファンは情報を渇望し、出し惜しみされると機嫌を損ねるものです。ですが、情報を出さずにおくというのは効果的な戦略であり、需要をさらに掻き立てることにつながると思います。

 

 

 

消費者を騙しとおせる時代は終わった

 

 マイケル・モーゼス(ユニバーサル・ピクチャーズ)
お二人は、調査と直感が別の結論を示すことがあることを両極端のケースからお話しになっていて、非常に興味深いです。『ヴェノム』の事例ではハードな方向に、『MEG ザ・モンスター』の事例では作品の本質寄りの方向にベクトルを向けたということですね。

それは調査というものが、過去を参照するものであるが故に起こることだと思います。過去の似ているものを引き合いに出し、推測できることを探るものだからです。

いろいろと話がでましたが、『MEG ザ・モンスター』は私が今日お話ししようと思っていた、現代の優れたマーケティングの一例です。SNSなどの量やスピードを考えれば、消費者を騙しとおせる時代が終わったことは明らかです。ですから、先ほどの事例のいずれにおいても、それぞれの作品の最も「らしい」部分を推すことで、より強い共感を醸成したのだと思います。同様の事例は何度も目の当たりにしてきたはずです。

皆さんのご意見を繰り返すことになりますが、皆さんが感じている問題の一つは、データがすべてを解決すると考える上司がいることではないでしょうか。現実では、そんな時代はまだ来ていません。データは誰もが頼りにする極めて重要なツールではあります。しかし、アルゴリズムに則ってマーケティング活動をすべてプランできる日が来るまで、ロボットではなく我々のような人間が「お客様が求めているのはこれだ」と声を上げる必要があるのです。

 

 

 ブレア・リッチ(ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ/ワーナー・ブラザース・ホーム・エンターテインメント)
私はデータを分類軸としてとらえています。データがそのまま次のアクションを明示してくれると思われがちですが、実際はそうではありません。データは無数のシグナルを発するものであり、受け取れる意味合いはいくらでもあるのです。

データによって共通項が見つかり、観客を大きな規模でグルーピングできると、私たちは何もしなくてよいと思われがちです。しかし、実際にはまだその域に達してはいません。解釈に頼るところが大きく、またどこに共通項を見出すのか、どんなクリエイティブをデータ検証に使うかによって結論は大きく変わっていきます。そういった点を踏まえているからこそ、ある作品に関して共通項のあるグループを形成し、何かを得ることができれば、宣伝活動は非常に優れたものになるのです。

解釈によって異なる意味を持つという性質に加えて、データはクリエイティブ開発にも大きな力になるものでもあります。創造性とデータは別物だと考えられがちですが、それは大きな誤解です。

今日、映画の宣伝活動において創造性とデータは分かち難いものとなりました。ふさわしいクリエイティブを用意し、データを正しく活用してターゲットすべき層に働きかけることができなければ、宣伝はうまくいきません。その意味では、今でもクリエイティブは我々の活動すべての要だと言えるでしょう。

 

特集:ハリウッドのトップマーケッターが語る映画マーケティング最前線2019

 

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