『スプリット』の事例:「コンセプトメーカー」シャマランのカムバック
公開日: 2017/05/19
2017年3月中旬、ロサンゼルスで開催された米バラエティ誌主催の映像業界関係者向けのカンファレンス"MASSIVE The Entertainment Marketing Summit"から、企画の面白さでスマッシュヒット創出を続けているBlumhouse Productionsのブラム氏と同氏をサポートするユニバーサル・ピクチャーズの幹部がヒットの裏側を語ったセッションを4回に渡ってレポートします。
第四回では、『スプリット』の事例を深堀します。(前記事:「『Get Out』の事例」)
登壇者:
ジェイソン・ブラム( Blumhouse Productions プロデューサー兼創業者/CEO )
ジョシュ・ゴールドスタイン( Universal Pictures ワールドワイド・マーケティング部門プレジデント )
マイケル・モーゼス(Universal Pictures ワールドワイド・マーケティング部門共同プレジデント )
インタビュアー:
クラウディア・エラー(『バラエティ』誌共同編集長 )
『スプリット』(2017年5月12日公開)
全米では2017年1月20日に公開、全米興行収入1.4億ドル、製作費900万ドル (2017年5月10日現在Box office mojo)。『シックス・センス』のM・ナイト・シャマラン監督作品。内容は、女性高校生3人を誘拐した犯人が23人の人格を持っている、という設定のスリラー作品である。
製作のきっかけ
「シャマラン監督は、心に引っ掛かり、“フック”のあるコンセプトを作るのに非常にたけている。多重人格者に誘拐・監禁されたらどうなるか?というアイデアが非常に面白いと思った。また前作『ヴィジット』で見事なカムバックをしていたシャマラン監督への信頼感があってスタートした」
ジョシュ・ゴールドスタイン( Universal Pictures ワールドワイド・マーケティング部門プレジデント ):
シャマランが世界有数の映画人といえる理由のひとつは観客をひきつける仕掛けの上手さです。ひとたびそのアイディアを訊いたら、朝には出られなくなっている魚獲りの罠のようなものです。抗えば抗うほど、はまっていきます。
彼の提示したストーリーにはとても惹かれるものがありました。多重人格というアイディアや、脳がどのように機能していて、登場人物がどういう人間なのかに非常に魅力を感じたことも関係していると思います。信じられないほどエキサイティングな人物像が彼の頭に明確に存在し、それをジェームズ・マカヴォイという名優が抜群の演技で具現化したのです。
私たちにとって「共感性」というポイントと、シャマランが明言した「観る者を独特な登場人物の頭の中に誘う」という企画は、たまらないものでした。
マイケル・モーゼス( Universal Pictures ワールドワイド・マーケティング部門共同プレジデント ):
私は一も二もなくシャマランに決めました。若くして大きな成功を収め、ハリウッドか映画産業かはわかりませんが、毒されて当初の輝きを失った映画人が、また本来の自分を取り戻す姿を目の当たりにするとワクワクします。ただ、そんなことはあまり多くありません。名前は挙げませんが、初期の作品はよかったのに少しずつ脚本がつまらなくなって、独自性も人気も失ってしまった映画人は大勢います。シャマランはジェイソンと組み、共感性の高い『ヴィジット』でカムバックを果たしました。そして、それをより高めたのが『スプリット』です。信頼があるからこそ、注目すべきアイディアがあって、これが最高の作品になると確信できるのです。
成功の道
『スプリット』は最近のシャマラン監督を最も批判するような厳しい目を持った観衆にも受け入れられ、大成功を収めた
マイケル・モーゼス:
火がつく瞬間、何者でもない存在が注目される存在になるきっかけを作らなければならないという話になります。『スプリット』は1月公開予定でした。彼らを説得して、オースティンで行われるオタクっぽいけれど退屈な(笑)映画祭である、アラモ・ドラフトハウス主催のファンタスティック・フェストに参加しました。会場にはクールな若い子たちがいて、怖い場所でした。シャマランはここ数年というもの、そういった人々から好意的に扱われていませんでしたから、とてもナーバスになっていました。
ジェイソン・ブラム( Blumhouse Production プロデューサー兼創業者/CEO ):
クレイジーでしたね。とてもシンプルなことのようですが、自分の仕事をなぜ楽しいと思うのか今一度思い出させられた気がします。好きだからです。あなた方の話を聞くのも楽しく、自分が観客になった気がしています。でも、シャマランは非常に暗くなっていました。観客はドラフトハウスでビールなどのアルコールを飲んでいました。チリを食べたりもしていて、私たちが話したことといったら、マイケルが言った「大丈夫。きっと大丈夫さ」くらいのものでした。ばかげていると思われるかもしれませんが、大変なプレッシャーを感じていました。
マイケル・モーゼス:
あなたは彼の映画を、彼が当時最も恐れていた観衆の前に出したのですよ。餌食になれと言ったようなものですよね。
ジェイソン・ブラム:
24時間のうちにすべてが変わったのだから、本当にクレイジーでした。この映画に5年の歳月を費やして、上映して24時間ですべてが決まるのですから大きな決断でした。本当に大きな賭けでした。
マイケル・モーゼス:
結果は最高でした。観客はそれとわかる前に映画を観終わり、絶賛を浴びたシャマランは元のステータスを取り戻しました。それから、ロスのAFI(American Film Institute)映画祭でも上映しました。クールな若い子にもロスのハイエンドな業界人にも受ける映画をひっさげての参加はとても楽しかった。ジョシュの言った通り、シャマランのおかげです。加えてジェームズの素晴らしい演技、そしてアイディアの勝利です。あれはただ監禁を題材にした映画ではありません。あなたが24の人格を持つ人物に監禁されたらどうしますか? どうやってその状況を切り抜けますか? 映画のアイディアとしては秀逸です。出口がないのです。そうなって考え始めるのですが、一度考えだすと考えずにはいられなくなります。ホラーの小品である純粋なジャンル映画との違いにも触れているのではないかと思います。アイディアを聞いた瞬間、「そうだ。筋が通っている。気持ちがわかるよ」と思いました。
この映画はスリラー映画として、若者を狙って若い女性をエントリーポイントに使っていますが、それだけではありません。公開第一週目に4000万ドルの興行収入を達成するには、コアな観客をしっかり捉えるだけでなくファミリー層にもアピールしなければなりません。知性と演技、そしてコアなターゲットを満足させながらも普遍性を持つアイディアが、この映画を公開第一週目に4000万ドルの興行収入を記録しリピーターも多い、現在知られているような大ヒット作に押し上げたのだと言えるでしょう。
ハリウッドでのヒット研究 - 『Get Out』『スプリット』レポート
- (1) 低予算映画で奇跡を起こしたヒットメーカーにハリウッドが惚れた
- (2) 低予算映画の企画と宣伝における革新と実験
- (3) 『Get Out』の事例:ヒットの裏の戦略は?「人種差別×ホラージャンル」に娯楽性のある斬新なコンセプト
- (4) 『スプリット』の事例:「コンセプトメーカー」シャマランのカムバック
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