人はなぜ「今」映画館で映画を観るのか
公開日: 2017/07/07
<連載>ハリウッドマーケティングリーダーが語る「映画公開の最新理論と実践」
“Studio Roundtable: The Art and Science of Opening a Film”
ハリウッドマーケティングリーダーが語る「映画公開の最新理論と実践」の5回目。スピーカーやセッションの概要は連載1回目(大ヒットを生み出す「イベント化」と「ライフサイクルマーケティング」)をご覧ください。
サラ・チャザン(モデレーター)
昔は同時期に公開される他の映画と競争していたのに対して、今では「今週末は他にもやることはたくさんあるでしょうが、この映画を観てください」となるのですよね。このパラダイムシフトが皆さんの宣伝活動を一から十までどう変えたかを、ぜひお聞きしたいと思います。
「みんなのイベント」というより「誰かにとってイベント」になっていないと誰も観に来ない
ミーガン・クロフォード(CAA)
私が重視していて常に自分に言い聞かせているのは、“誰かにとってのイベント”になれなければ、誰のためでもない映画になるということです。『ジュラシック・ワールド』でなくても構いません。もちろんあれはあれでいいと思いますが、私の頭にあるのは、2016年に公開された『世界一キライなあなたに』です。あの映画の宣伝活動は素晴らしかった。最高にクリエイティブで見事なソーシャルメディアの宣伝を展開し、世界中で2億ドルの興行収入を達成しました。明らかに原作の力があったわけですが、若い女性にとってはイベントになりました。そして、それ以外の年齢層にも広がっていったのです。
映画の宣伝は、個別の人にとってのレコメンデーションエンジンとなるべきだ。人は膨大な娯楽コンテンツがある中でやる事があり過ぎて、新しいものに気付けなくなっている
JP・リチャーズ(ワーナー・ブラザース ピクチャーズ)
『世界一キライなあなたに』について補足しますと、あの宣伝の成功は消費者を明確に理解したことの一語に尽きます。我々が話してきたのも消費者を理解するための力であり知力でした。
公開する映画が『世界一キライなあなたに』や『スーサイド・スクワッド』や『ワイルド・スピード』のような作品であれば、ターゲットは明確ですからその層に向けて可能な限り賢くアプローチします。
この細分化された状況について私が思うことは、我々の生きる世界ではTVやYouTubeのコンテンツ、スナップチャットのコンテンツやインスタグラムのストーリーが消費者を巡って争っているのだということです。人はやる事があり過ぎて新しいものに気付けなくなっているため、彼らにレコメンデーションエンジンを提供することが求められています。
TV番組で言えば、私が木曜の8時に「フレンズ」を観るのを楽しみにすることはもうありませんし、今ではどんなTV番組をやっているかも知りません。番組は、私の興味や嗜好に合わせて自宅のハードディスクに自動で蓄積されていき、Netflixを使えばレコメンデーションエンジンが私の好きそうな番組を列挙してくれます。
映画マーケティングに携わる者として、我々は消費者ごとにその置かれている状況に合わせて“消費者を惹きつけるストーリー”を作らなければなりません。
ファンダンゴを始めとするパートナー企業との提携により、特定タイミングにおける消費者の情報がわかります。今週末観に行きたいのはどんな映画でしょうか? 先週末か今週末に公開になった『美女と野獣』のような大作映画、それともR指定のコメディが観たいから『CHIPS(原題)』でしょうか?
我々は、TVやデジタルでの宣伝活動からわかったことをフル活用してレコメンデーションエンジンを作り、ライフサイクルを通して消費者を追い、そして彼らの個人的な嗜好に応じてイベント化するのです。
映画館で映画を観ることは家でなにかをやるということと根本的に違う、いわば「小旅行」なのだ
ポール・ヤノーバー(ファンダンゴ)
そう、消費者にとってのイベント化がすべてです。また、映画館に足を運ぶという行動は、とてもワクワクするものであることを忘れてはなりません。
「競合の多さを考えろ。市場は縮小している」と言って批判する向きは多いと思います。過去10年、週末に自宅でできるトライアル視聴は驚くべき量にのぼります。今でもそうです。
しかし、それでも映画館に人は来ている。映画館のオーナーは座席とフードメニューに投資を続けたおかげで、映画の鑑賞体験はどんどん快適なものになっています。皆さんは事業の大小を問わず映画のイベント化を実に見事にやっていると思います。イベントと言っても大作映画というだけではイベントではありません。小規模映画でもイベント化されたものはあります。
我々が忘れてはならないのは、“人は家から出たがっている”ということです。プチバカンスのようなものです。映画は友人と外出するひとつの方法です。約束であり、場所であり、人数です。皆さんもそうしていると思いますが、そういったところにフォーカスすれば、彼らが自宅でする事との大きな違いは明らかです。
エンターテイメントにおいて「いま」「体験」を共有することの価値が高まっている。映画館で映画を見ることはそれを提供できる娯楽である
デボラ・ブレット(バイアコム)
その意見には大いに賛成します。そういったトレンドは実際にあり、タイムシフトやオンデマンドといったVOD的視聴があらゆるもので可能です。その中で、カルチャーの振り子が「他の人と同じ日に同じものを観る」という方向に戻りつつあるのを感じます。24時間しか保存されないスナップチャットがそれを如実に示しています。つまり、“いかに情報をキャッチしたか、しないか”なのです。現時点では、人はスマホなどのスクリーンに長時間没頭していますが、その一方で、その習慣を捨て一緒に表に出て同じ時に視聴体験をし、それについて会話しようとしているのです。
ポール・ヤノーバー(バイアコム)
映画の公開後初の週末というのは、いろいろな点から誰もが加われる格好の話題になりつつあります。一方で、TVが完全にタイムシフト化されれば、各自が好きな番組の話をすることになります。我々が同じものを同じ時間に見る可能性は低いのです。
しかし、私は公開週末に子どもたちと『美女と野獣』を観に行き、その後しばらくは家族が集まるとこの映画の話になりました。映画は家族ではもちろん、職場や友人との間で「ねえ、あれ見た?」という話題を共有しやすい娯楽としての位置づけが高まっているといえるのではないでしょうか。
ハリウッドマーケティングリーダーが語る「映画公開の最新理論と実践」シリーズ
- (1)大ヒットを生み出す「イベント化」と「ライフサイクルマーケティング」
- (2)データの役割と価値:「リアルタイム」と「クリエイティブ」
- (3)テレビは見なくなってる?デジタルVSテレビの議論に意味はあるか
- (4)ヒットを生み出す宣伝コンテンツ:つながりある世界観と「タイミング」
- (5)人はなぜ「今」映画館で映画を観るのか
- (番外)番外「ハリウッドマーケティングリーダーが語る」シリーズ追記
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