「地方から広がるアニメ産業のミライ 望ましい地方展開の姿とは?」~新潟国際アニメーション映画祭シンポジウムレポート
公開日: 2024/03/22
新潟国際アニメーション映画祭のForumにて3月17日、シンポジウム「地方から拡がるアニメ産業のミライ・望ましい地方展開の姿とは?――政策・スタジオ・クリエイター・地域」が開催されました。同シンポジウムでは、新潟をはじめとした地域で豊かな制作環境を整えるには何が必要なのかを議題に 「アニメ産業レポート」(一般社団法人 日本動画協会)の執筆陣と地元アニメスタジオの経営者による発表が行われ、様々な角度からの議論が交わされました。その一部をレポートいたします。
※本記事で触れられている内容は2024年3月時点の情報です
■日本アニメーション学会会員/「アニメ産業レポート」執筆者
増田広道:アニメ産業研究家/株式会社ビデオマーケット 顧問
松本淳:ジャーナリスト/敬和学園大学 国際文化学科准教授
森祐治:PwCコンサルティング合同会社 Strategy& パートナー/デジタルハリウッド大学大学院デジタルコンテンツマネジメント研究科専任教授
長谷川雅弘:株式会社ヒューマンメディア 事業プロデューサー/専修大学ネットワーク情報学部 非常勤講師
■アニメスタジオ経営者
内田昌幸:株式会社新潟アニメーション 代表取締役
荒尾哲也:柏崎アニメスタジオ
地方にアニメスタジオを作る理由と地方企業・行政に期待すること
シンポジウムは、株式会社ヒューマンメディア 事業プロデューサーの長谷川雅弘氏よる「アニメ制作会社が地方スタジオを設立する理由」と題した発表から始まりました。同氏は「アニメ産業レポート」の巻末資料を提示し、まず新潟県に立地するアニメ制作会社の状況を明らかにしました。「アニメ制作会社は全国で811社あります。新潟県には新潟アニメーションをはじめ5社あり、全国で7番目の数です。ただしこれは2020年のデータで、実は2023年以降に紺吉有限会社、株式会社ZERO Animationが新設されたほか、スタジオ藍丸が東京から移転してきたため、8社に数を伸ばしました。新潟県はアニメーション産業が伸び続けている県となっています」。
続いて、アニメ制作会社52社に対して行ったアニメスタジオの地方進出に関するアンケート結果を共有。その結果を受けて長谷川氏は、「地方にアニメスタジオを作る理由の多くは、人材発掘、人材育成となりました。そのためにも、地方の教育機関からの人材発掘・人材育成が期待されています。また、アニメスタジオが地方で業務を進めるためには、ネットワーク等のインフラ、交通利便性、指導体制構築、中核人材の確保が求められます。もし地方企業・行政が、アニメスタジオの誘致、連携、支援をするのであれば、ネットワーク等のインフラや交通利便性を満たす立地を提供いただくことが必要だと思います。さらに地方企業・行政がアニメ関連業務の発注や人材発掘の支援をすることで、地方への進出が進み、その地方での産業拡大にもつながるのではと考えております」とまとめました。
地方スタジオと首都圏スタジオ、それぞれが抱える課題
次に新潟に本社を構えるアニメスタジオ、株式会社新潟アニメーションの代表取締役・内田昌幸氏より、「新潟アニメーションの人材育成への取り組み」と題した発表が行われました。同社は2014年に仕上げ専門のスタジオとして新潟市で創業したものの、指導者の確保に課題を感じていたといいます。一方、首都圏では大手スタジオがアニメ・マンガ系の専門学校と教育連携しているため、その枠外のスタジオは人材の確保が難しい状況であることが明かされました。
これらから内田氏は地方スタジオの課題として「指導者人材の確保」、首都圏スタジオの課題として「人材確保」を提示。これらをうまく連携していくことで、地方スタジオの活性化が図れるとの考えを示しました。「(新潟アニメーションも傘下にある)NSGグループでは、県内にアニメ、マンガ、ゲーム、イラスト、デザイン含めた専門学校を29校展開しており、人材確保では新潟は非常にリーチがあります。首都圏のスタジオさんの指導体制は盤石ですが、新潟はなかなか強くない。お互いうまく連携することで弱い部分を補える形になります。例えば、新潟アニメーションという箱に東京の連携先のスタッフとして籍をおく形や、新潟に支社を出す際に人材確保の部分で不安があれば共同スタジオという形でお互いに強い部分を活かしながら連携する形も考えられるのではないでしょうか」。
地方アニメスタジオの実情:柏崎アニメスタジオ
3つ目の発表は、東京でアニメ制作会社「スタジオガッツ」を構える荒尾哲也氏が、新潟県柏崎市で立ち上げた「柏崎アニメスタジオ」について「柏崎アニメスタジオが新潟に夢見ていること」と題して行われました。同氏は柏崎アニメスタジオを立ち上げる際に目標として、「地方ならではの人材発掘」「地方ならではの仕事創出」「地方ならではのチーム(原画・演出・作画)の編成と育成」の3つを掲げたことを明かし、現在の状況を共有しました。
まず地方ならではの人材発掘に関して、「残念ながら目標数には達していません。コロナの影響もあるかもしれませんが、アマチュア向けのお絵かきジムやプロ仕様のアニメスクールとかをやって、受け入れ体制としてはばっちりですが、人材を確保していくにはまだまだ時間が掛かりそう」と説明。一方、地方ならではの仕事創出に関しては、「アニメというものには夢があると思われています。その存在が手の届くところにあれば、街がざわつき、ニーズが生まれるはず」と意図した結果、企業のイメージキャラクター制作や小中学校の講演の声がかかり、さらには地元の優良企業が集まり柏崎市の産業の魅力を伝えるPRアニメ(『とびだせ!柏崎II~決戦!工業都市編~』)の制作にもつながっていったといいます。
そして3つ目、地方ならではのチーム(原画・演出・作画)の編成と育成については、「柏崎にきて最初に、東京からアニメーターを移住させました。つまり指導者です。ただし、生え抜きのアニメーターなので彼らもまだまだ若いので修行中です。その結果、東京にいたときよりもめきめきと力をつけてきました。また、柏崎でデビューした新人も異例のスピードで成長しています。どういう作用で上達したのかは分かりませんが、自分のなかでは(柏崎という)環境がよいからだと思っています」と分析しました。
荒尾氏は最後に「東京とは異なるこの良き土地環境で発生した仕事を東京発のメジャー作品と肩を並べてつくることで良い人材が育つと考えます。実際、彼らは『ONE PIECE FILM RED』の原画も描いています。そして何より大事なのは、アニメ制作のメッカである東京ではなく新潟に、アニメ屋さんが見る夢があるということです」と締めくくりました。
地方スタジオが産業化するための条件
最後に、デジタルハリウッド大学教授の森祐治氏から「アニメビジネスのモデルと制作の集積・分散」と題した発表が行われました。同氏はまず、アニメ制作会社をその形式により3つの段階、「機能的な基盤が構築されている」(=仕上げ)、「事業的な基盤が構築されている:商流構築」(=かつての海外下請けや、昨今の東京スタジオ地方分所)、「自律的に事業が継続できている:産業化」(=京都アニメーションやPAワークス、海外の有名スタジオのように独自企画や収益機会の創出が可能)に分けました。そして、その段階を一足飛びに超える、もしくは加速するための条件を発表を通じて紐解いていくことを告げました。
「東京以外の都市のアニメスタジオが大きくなってために何が必要か。ケースとして、京都アニメーションさんやPAワークスさんを追いかけた明治大学の半澤(誠司)先生の研究があります。地方にいるがゆえにロックインといわれる既存のしがらみから離れられるのが非常に良かったということです。経営としては、商流があった方が発展するから嬉しい部分ですが、逆にその商流自体が作り方、あるいは作品性の自由度をむしろ制約しているんではないかという考えです」。
森氏はこの地方を強みとするケースを後押しするために必要なこととして、行政によるインフラの整備や金融支援が必要であると提言。ただし、アニメのようなIP産業ではヒットの騰落幅が大きいため、一般的な評価手法が向かないことに留意すべきだと警鐘を鳴らしました。
そのほか、コロナ禍後、アニメが急速にメディア空間で存在感を増したことにも言及。電通の調査を引き合いにだし、米国の18~54歳(5,600万人)の約1/3が流行っているアニメを視聴し、同18~24歳のほとんどが、NFL、NBA、MLBの3大スポーツよりアニメが好きであることを示しました(参考:「数字でわかる!ANIMEは世界のZ世代へのキラーコンテンツに」)。
森氏は、こういった世界でアニメが盛り上がる背景のなか、東映アニメーションとサウジアラビアのマンガプロダクションズがアニメ映画を共同製作した事例を挙げるとともに、「海外では実は(アニメが)盛り上がっています。なので、海外に対して、地方のスタジオが元請け化してつながってもいいんじゃないでしょうか。東京を介して世界につながる必要はないのではないか。そのぐらいの野望を持ってもいいのではないでしょうか」と提案。前述した3段階に対して「一足飛びにいくというのもリアリティがでてきたのではないか」と会場に投げかげました。
データによる現状把握、地元の事例、産業構造としての地方など様々な面で「地方スタジオ」のあり方を取り上げてきた本シンポジウム。最後には、日本アニメーション学会 産業研究部会の主査を務める増田広道氏より「アニメーション学会としては、ずっと追い求めるテーマとして取り組んでいきたい」と一過性ではなく、継続して扱っていく力強い言葉で締めくくられました。
(取材・構成:河西隆之)
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