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急激な進化と拡大を続ける中国市場での映画マーケティング - Marketing & Distributing in China
公開日: 2016/07/01

AFM (American Film Market) におけるカンファレンス中での“Marketing & Distributing in China”のセッションレポート

前回のレポート(市場拡大する中国フィルムメイカーとの映画製作)から引き続き、AFM (American Film Market) におけるカンファレンスをレポートする。今回は、カンファレンス中の“Marketing & Distributing in China”のセッションに関し、まとめた。本セッションのモデレーターとパネリストは、以下の通り。

 

モデレーター:パトリック・フレイター(米バラエティ紙 アジア局長)


パネリスト:

  • ジアン・ハイヤン/江海洋/Jiang Haiyang(映画監督)
  • デイヴィッド・ジョーダン/David Jourdan(IM Global 国際ビジネス企画開発&運営部門 SVP)
  • ウィリアム・ファイファー/William Pfeiffer(ドラゴンゲート・エンタテインメント CEO)
  • ヤン・シャンファ/Yang Xianghua(iQIYI.COM SVP)

今、ハリウッドが最も注目しているエリアのひとつである中国。5月23日、すでに昨年同時期の興行収入を約1カ月早く達成し、200億元(約3335億円)を突破したことが発表された。映画製作の歴史は2015年で110周年を迎え、現在年間600本以上の映画が製作されている。一方、配給の歴史は、政府主導の時代が長かったため、一般資本が参入し、業界改変がなされてから約15年と浅い。にもかかわらず、ボックスオフィスの数字は、過去15年で25%増を達成した。拡大するその興収の63.5%を自国の映画が占めてはいるが、まもなく世界一の映画興行大国になるだろう中国における配給&マーケティングの実態はどのようなものなのか、そしてそこで展開するためにはどんな要素が必要なのか?

中国における映画配給方法の移り変わり

中国を代表する映画監督のチェン・カイコーやチャン・イーモウと映画学院時代の同窓生だったジアン・ハイヤン監督は、中国における配給事情の移り変わりを実感しているという。ハイヤン監督が映画製作を始めた30年前は、映画が完成すると、国の配給機関に提出し、同機関が各省に配給するという流れだった。映画1本あたりの金額は一律で約1万元。配給機関がどのような金額で作品を売ろうと関係なく、ボックスオフィスの数字によって収入が変わるわけではないため、製作者は観客の趣向を気にすることもなかったという。

ところが1990年に、全国16の映画製作所の所長と中国映画の配信会社が話し合い、長年の習慣にこだわる映画配給会社を飛ばし、直接、映画館にフィルムを持ち込むことを決定し、中国映画配給の革命を起こした。ハイヤン氏の叔父がそれを支持した指導者の一人だったという。様々な変遷を経て、今は、すべての映画収入が売り上げに基づいて計算され、分配率は大体、映画館が50%、製作者側が43%、残りの7%はマーケティング&配給の費用となっている。
 
ボックスオフィスの数字が急激に伸びている原因について、ヤン・シャンファ氏(iQIYI.COM)は「市場化によって、民間経済、民間映画が刺激されたこと」と回答。ファイファー氏はさらに、経済成長や不動産業の成長も欠かせないと語る。高層ビルや複合ビルが増え、人々が住み始めると店が必要。店に動員するためには映画館が必要だからだ。

中国映画とハリウッド映画を始めとする海外映画の関係

ファイファー氏によれば、現在中国へ輸入され、25%の利益分配を得ることができる海外映画は34本。それ以外に、一律料金ベース(flat fee basis)で輸入される映画が約30本ある。多くの場合、高予算で派手な視覚効果が満載されたハリウッド映画である。配給方法は、6大メジャースタジオは中国にオフィスがあるが、ライオンズゲートやその他のインディペンデント会社は、国内の配給会社と条件交渉をして契約。配給&マーケティング会社が中国映画配給機構(CFG)と交渉し、映画を輸入する前に、配給網の一つに乗せる。売り上げの数字は、利益分配のために、CFGより公平かつオープンに知らされる。ただ最近、配給会社が数字を少額にして報告した例も報告されており、大きな問題となっているという。
 
海外の映画は、配給される季節や配給可能な作品数や場所に制限があるが、中国映画にはこれらの制限はなく、交渉次第では、ボックスオフィスの43%を受け取ることができる。年間に製作される600本中、劇場公開されるのは200本ほど。収入の約80%をボックスオフィス、残りの20%をホームビデオやレンタルなどから見込むことになる。地上波放送局による映画の放送権料はそれほど高くないが、最近はオンライン配信会社が、いまだかつてないほど高額を支払っているという。オンライン配信は、今後欠かせないプラットフォームであり、ビデオ・オン・デマンドも需要が増えるはずだ。

オンライン配信は劇場映画の敵か味方か?

こうした状況もあり、いまや誰もがオンライン配信会社とのメディア提携を望んでいる。毎日二億人が視聴し、映画配信数も7000本以上という中国最大級の動画配信サイト「iQIYI.COM」は、中国映画業界の中核となりつつある。サービス料金は、映画視聴1回につき5元、または毎月18元。劇場上映が終了した映画を見る需要もある。以前、観客は映画のチケットを買わずに海賊版DVDを買っていたが、こうしたDVDやブルーレイディスクは5元より高く、海賊版の時代は終わったといえる。iQIYI.COMでの配信料は安いが、配信作品は全て正規に権利を得たもので、映画製作者に、後払いで分配分を支払う方式になっている。米国のメジャー6社においては、3年以内に中国でのインターネット収入がボックスオフィス収入を超えると予測されている。
 
一方で、iQIYI.COMのシャンファ氏は、オンライン配信の需要増を認めつつも、「映画興行ビジネスは、今後5年間は早いスピードで伸びる」と予測。「映画をコンピューターで見るのと映画館で見るのとでは、本質的な違いがあります。音響と画質の効果もあり、ネット上の視聴体験は映画館の体験には永遠に及ばない。ただし、長期的に見ると、技術の進歩による新しいデジタル設備により、オンライン配信も映画館体験に近づくことになるでしょう。とはいえ、デートや、家族や友達と一緒に行く場所としての役割は続くはず。そういった意味で、デジタル機器の成長は映画興行ビジネスを助けることになるのです。米国においても、ビデオテープ、テレビでの映画視聴、DVDが参入しても映画がなくなることはありませんでした。新しい技術の誕生はこの産業を大きくすることはあっても小さくすることはないのです」。
 
ハイヤン氏も、映画体験の特別さを主張する。「映画のスクリーンは、普通に生活している人の目で見えるものを100倍の大きさで見せます。逆にテレビでは、普通の生活で見ているものが小さく見えます。映画が人々に与える経験は日常生活では体験できないもので、コンピューターや携帯端末では永遠に実現できないもの。だから、映画はなくならないのです。さらに、映画の撮影や特殊効果技術の発展によって、映画の可能性は常に広がっています」。
 
ファイファー氏も、オンライン収入は無視できないほど大きくなるものの、中国では人々が夜の外出を好むこともあり、映画館での鑑賞体験における需要もなくならないと語った。

若年化する観客、情報源は?

中国映画の観客の平均年齢は21.8歳といわれており、年々若年化している。これらの世代は、情報収集や映画選択、劇場での席選びにいたるまで、ほぼ100%がインターネットを利用。情報収集のために、米映画レビューサイト「Rotten Tomatoes」を通じて、海外での作品の評価を参考にすることも多いようだ(ファイファー氏)。また、スマートフォンによるチケット購入率は、2014年に35%だったものの、今では50%以上となっており、年々上昇すると思われる。中国映画市場においても、インターネット展開が不可欠であることは、映画製作者の共通認識となっている。
 
若年層に欠かせない口コミにおいては、「G-chat」やそれに似たオンライン・サービスでの投稿や会話が活用されているとか。2015年にも、公開時は低調だったものの、こうした口コミによって興行成績が右上がりになる作品がいくつかあったという。「面白いと評判の映画を見に行くことはもちろん、面白くないという否定的な口コミの映画も、何が面白くないのかを確認するために見に行く傾向にある」という中国独特(?)の口コミ事情もあるようだ。

マーケティングもテレビよりオンラインで

こうした観客層の若年化から、中国では、映画配給会社のマーケティング予算のうち、約50%はデジタル・メディアを通してオンライン広告やソーシャルメディア展開に使われ、35%は伝統的なメディアでのポスターやトレーラー、残り15%が映画館での広告やポスター、トレーラーに活用されている(ジョーダン氏)。配給側は、無料インスタント・メッセンジャーアプリ「微信(ウェイシン)」や中国最大規模のソーシャルメディア「微博(ウェイボー)」などを使い、予告編をオンライン配信することが多い。広告料が高額で、若者の利用が減っているテレビにおける広告が使われるケースは少ないという。
 
映画によっては、宣伝費用が200~300万ドルということもあれば、最近公開となった大作のいくつかは、伝統的なメディアに1500万ドルほどの宣伝予算をかけたうえ、アリババやTsin Tsinとの提携により、インターネットで1400万~1500万ドル規模の大型プロモーションを行ったものもある。

アートハウス系映画の市場はあるのか?

ファイファー氏によれば、中国にもアートハウス系の市場が存在する。以前は、政治的な要素を持つ映画が禁じられていたこと、映画市場自体が大きくなかったことなどもあり、苦戦した作品も多かったが、最近はチャン・イーモウ監督の『妻への家路』のような低予算のアートハウス系の良作が、5000万ドルのボックスオフィス売上をあげている。派手な超大作以外の映画の需要もあるのだ。
 
中国で年間600本製作されたうち、劇場公開されるのは200本程度だが、それ以外の作品の中にも、芸術レベルが非常に高く、真摯に撮影された作品がある(ハイヤン氏)。しかし、こうした作品は、現在の映画興行をけん引する若者たちには支持されにくい現状も。芸術性の高い映画は「なぜ?」を問いかけるが、今の若者は「それでどうした?」が見たい傾向にあるからだ。「映画には三つの性質があるといいます。一つは娯楽性、二つ目は芸術性、もう一つは思想性です。中国映画は、かつては伝統的に思想性、芸術性を追求するものが一般的に多く、フランス映画は芸術家の個人に対する表現を大事にし、その生活感を描きます。それに対して米国映画は娯楽性が主です。今の中国映画はフランス映画ではなく米国映画の方向に発展しているといえるでしょう」。

地域ごとに異なる映画鑑賞趣向

国土が広い中国では、南北の差はもちろん、一級、二級、三級、四級都市といった地域によって、映画鑑賞趣向が異なる(ハイヤン氏)。経済状況の良い都市では興行収入も多いと思いきや、最近は、二級、三級都市の興行収入が一級都市よりも多い。例えば西安、武漢、重慶といった都市の興行収入は、上海、北京を上回っている。最も映画をよく見る都市は武漢。文化レベルの高い都市の方が、高尚な映画を見る人々が多いといえるのかもしれない。昨年のイーモウ監督作『妻への家路』は比較的重い作品だったが、北京や上海よりも、重慶で興行収入を稼いだ。さらに、生活習慣や気候も映画鑑賞趣向に影響する。瀋陽では、夜は寒くて外出できないため、昼間の映画鑑賞が多い。一方、広州では夜が暑くて眠れないため、夜間の映画鑑賞が最も多い。映画を最も理性的に選択する都市は上海で、観客の平均年齢は21.8歳以上。シャンファ氏の故郷は四級都市だが、最近は小さな映画館数が増加し、上映のクオリティも鑑賞の条件も良くなっているという。こうした様々な地域事情も含め、フィルムメイカーたちは慎重な製作と配給を心がけている

等級指定をめぐる議論

中国には等級(レーティング)システムをはじめとする分類システムがない。中国での劇場公開が認められた作品は、誰でも見ることができる状態だ。この状況を巡っては、様々な議論が続いているが、配給側にとっては、一律の検閲がデメリットとなることが多い。政治的要素があったり、不穏な社会問題が描かれていたりすれば市場が外され、人々が見たいものが見られなくなるからだ。2種類のバージョンを作る製作者もいるが、芸術の自由が制限されがちで、カットされた部分を見たいファンが海賊版に走ることになる。
 
ジョーダン氏は、2011年にジェイソン・ステイサム主演のアクション映画を中国でリリース。その際は中国マフィアの要素があったため、友人のアドバイスにより、本編に差し支えのない部分を変更するなどの工夫をしたという。シャンファ氏も、小さい子どもの親として、映画の等級制の必要性を説いている。

中国での映画のメディア対策

中国では劇場公開の1~2週間前に、メディアの専用映画館で上映するしきたりがあるという。映画が不評だった場合には、メディアのその後の広告に必ず影響があるものだ。メディアの評価は、映画に投資する際のリスク指標になっており、公開後も製作者にとっての生命線といえる。もし、よいメディア評価が得られないなら、逆に極端な趣向を持つ一定の人々の興味を引くように、酷評してもらうように仕向けることも。
 
ファイファー氏は、メディアは公平かつ、首尾一貫した報道をしてくれているように感じているという。ソーシャルメディアにおいては、グループチャットや「We Chats」「What’s App」などで皆が内輪話をするので、 人々が躊躇せずに議論に加わる。とても面白く興味深い現象ではあるが、悪質なコメントや偏った意見が出ることもある。世界共通のことではあるが、とりわけ、中国ではソーシャルメディアが人々の意見に与える影響は大きいようだ。

『ハンガー・ゲーム FINAL: レボリューション』に見る米中同時公開の傾向

最後にジョーダン氏が例に出した『ハンガー・ゲーム FINAL: レボリューション』のリリース経緯には、中国における映画マーケティングの現状が見て取れる。シリーズ第4作にして完結編となる同作は、China Film Group傘下の輸出入会社が輸入し、China Film GroupとTalents Internationalによって、3‐Dと2‐D、字幕と吹き替えというバリエーションで配給された。
 
特筆すべきは、同作が米中同時公開されたこと。中国では、海外映画をリリースできないブラックアウト時期があるため、ハリウッド映画は一定の期間にしか公開できないのだが、同作のワールドプレミア日は、たまたまブラックアウトの時期ではなかったために、同時公開が実現した。同時期公開のハリウッド映画に中国で公開されない作品が多かったこともあり、公開初週末には、北米、英国に次ぐ1580万ドルの興行収入を稼いだ。同時公開によるマーケティング面でのメリットは、ワールドプレミアの話題性、海賊版の被害軽減などがあり、今後も「同時公開」を狙う作品が増えていきそうだ。しかし中国国内でのハリウッド映画のシェアは米国に比べて低いものの、中国の映画および映画スターの認知度と注目度は比べものにならないほど高く、ブラックアウト時期、中国政府の意向(中国映画をプッシュ/海外映画には多数の制限あり)、プロモーション期間の短さなどを鑑みても、中国映画に対抗するローカライズしたマーケティングが必要だ。


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