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「従来型の宣伝は恐竜時代のものに感じる」Amazon MGMスタジオのマーケターが語る極意
公開日: 2024/07/10

特集:Variety Entertainment Marketing Summit 2024 第1回

米ロサンゼルスで行われた「Variety Entertainment Marketing Summit 2024」(開催日:4月24日)にて、Amazon MGMスタジオのグローバル・マーケティング部門を率いるスー・クロール氏が、ビデオゲームのドラマ版『フォールアウト』や昨年の話題映画『チャレンジャーズ』『Saltburn』の例を挙げながら、ソーシャル&デジタル時代のマーケティングの極意について語りました。

※本記事で触れられている内容は2024年4月時点の情報です。

モデレーター
シンシア・リトルトン(Cynthia Littleton)
Variety:共同編集長

スピーカー
スー・クロール(Sue Kroll)
Amazon MGMスタジオ(Amazon MGM Studios):グローバル・マーケティング部門代表
 
《目次》

 

グローバル配信プラットフォームのAmazon プライム・ビデオや劇場で、幅広い作品を展開しているAmazon MGMスタジオ。映画では、昨年の話題沸騰作『Saltburn』やオスカー受賞作『アメリカン・フィクション』、Z世代のカリスマであるゼンデイヤ主演の『チャレンジャーズ』、ソーシャルメディアを席巻中のロマコメ『アイデア・オブ・ユー ~大人の愛が叶うまで~』、ドラマでは人気ビデオゲームを基にした『フォールアウト』や、『Mr.&Mrs. スミス』『私たちの青い夏』『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』など、多くの話題作が誕生しています。

 

マーケティングの肝はチームワークとカスタムメイドであること

同社のグローバル・マーケティング部門を率いるマーケティング界のベテラン、スー・クロール氏は、モデレーターから「作品の幅もチャンスも多いなか、視聴者を獲得するために、従来のマーケティングをすべきか、異例のマーケティングに取り組むべきかなど、どのように戦略を決定しているのか?」と問われ、まず、チームワークの大切さを強調しました。「マーケティングに大事なのは、直観と経験と情熱とコミットメント。私のチームには、それらを兼ね備え、たくさんのアイデアとエネルギーにあふれた人材がそろっており、彼らと幅広い作品に取り組めることはとても幸運です」。

そのうえで、カスタムメイドのキャンペーンを作ることが重要だと話すクロール氏。「今は人を楽しませるための考慮ポイント、提供できるコンテンツや機会が豊富にあるため、常にカスタムメイドのキャンペーンを作ることが重要です。マーケティング部隊とパブリシティ部隊が協力し、何を達成したいのか? 観客は誰か? ソーシャルメディアに何を投稿するのか? 予告編で何を押し出すのか? などを話し合い、文化に切り込んでいく。確かなことはありませんが、この仕事を長くしていれば、何がしっくりくるか感じられるもの。何かがうまくいっていなければ、軌道修正します」。

左から、シンシア・リトルトン氏、スー・クロール氏  

素早く反論する観客と情熱的なファンの“怖さ”

モデレーターが「今の観客は素早く反論しますよね」と振ると、クロール氏は「だからこそ、自身のマーケティング・アイデアに固執することなく、機敏に方向転換することをいとわず、新しいことにトライしなければならない」と続けました。

ワーナー・ブラザース在籍時に『ハリー・ポッター』シリーズやDCフランチャイズなどのマーケティングを担い、熱狂的なコアファンとのつながりにおいて熟練したクロール氏ならではの発言も。「皆、ファンのことを恐れています。ファンの声はとても大きく、批判も厳しいから。ファンにとっては、成功の瞬間までは、すべてが失敗なのです。そのため、その情熱に耳を傾け、ファンベースを理解し、彼らに学び、応援団になってもらうことが重要です」。

既存のゲームファンがいる新ドラマシリーズ『フォールアウト』では、兄クリストファー・ノーラン作品の共同脚本やSFドラマ『ウエストワールド』の共同ショーランナーとして知られるジョナサン・ノーランが監督・製作総指揮を務め、ファンベース構築とリスペクト獲得に貢献。同セッションの少し前に配信開始となり、高視聴を得た同作についてクロール氏は、「ゲーマーでない私でも楽しめる、ジャンルの枠を超えた、新たなレベルの作品になっています」とアピールしました。

 

グローバル配信サービスならではの“責任”

劇場映画の世界公開マーケティングにおいてもベテランであるクロール氏は、グローバル配信プラットフォームならではの観客へのアプローチについては、こう語りました。「従来の劇場映画の場合、予算を公開初週末の動員のために費やし、その後、口コミで維持していく流れでした。一方、配信作品の場合、膨大な数の作品やサービスの中で目立つよう、限られた予算内でイベント性を持たせなければなりません。そのため、明確な物語と視点を見出し、オーセンティックに感じられるマーケティング素材を発信し、視聴者が感情的な体験をできるようなチョイスを用意する必要があります」。さらに、タイミングも重要だと強調。「たくさんのことが起きている中で、視聴者が配信日を覚えて楽しみにしてくれるよう、リリースの数週間前に核となるイベントを作り、ある種の緊急性を高めていくことが大事です」。

 

ゼンデイヤの魅力が拡散された『チャレンジャーズ』

『チャレンジャーズ』のような劇場映画のマーケティングも変化したというクロール氏。「テレビ、出版、ラジオとメディア露出をつなげていく従来の映画キャンペーンは、もはや恐竜時代の話に感じますよね。デジタルメディアとソーシャルメディアが絡み合う今は、人々の情報入手場所や方法を見極め、キャンペーンのトーンと感性を決めていきます。『チャレンジャーズ』においては、ゼンデイヤとキャストが世界中を回り、各市場で劇場公開への関心を高めました。彼女の吸引力と美しさも手伝い、いろいろな写真やドレスが世界中で拡散されてファンのモチベーションを高め、文化に浸透していったのです」。

 

『Saltburn』ニッチからメインストリームへの異例の軌跡

一方、昨年、話題が沸騰した『Saltburn』は、大スターがおらず、内容もポスターだけでは伝えにくいタイプの作品でしたが、クロール氏は同作を「キャリアの中でも最も興味深い映画の一つ」と位置付けました。最初にテルライド映画祭で上映した際には、「皆、どのように反応していいか困惑しているようで面白かった」、次のロンドン映画祭の上映は、「まるでロックコンサートのようだった」と描写したクロール氏。「“実験”という言葉を使いたくはないのですが、このタイプの映画のマーケティング指南書というものはありません。そのため、作品の挑発性と破壊性を活かしつつ、人々に禁断の欲望があってもいいのだと感じてもらうような発信に努めました。エメラルド・フェネル監督の、何か異色なものを感じてもらいたいというビジョンに応えてくれそうな観客を探し、引き込もうとしたのです」。

その結果、発信された予告編や写真の一つひとつが人々を刺激し、作品内で最も常軌を逸した要素が話題となり、文化に昇華していったといいます。「人々の最初の衝撃と畏怖が、文化的なバイラル・モーメントへとつながっていったのです。(米国の人気長寿バラエティ番組)『サタデー・ナイト・ライブ』にネタにされたことで、お茶の間にも浸透。究極のニッチからメインストリームに昇華し、その年最高のホリデー映画になったようなものです(笑)」。

 

特集:Variety Entertainment Marketing Summit 2024