記事

開かれた映画祭としての可能性~特集:2025年ベルリン国際映画祭・EFM
公開日: 2025/02/21

特集:2025年ベルリン国際映画祭・EFM 第1回

第75回ベルリン国際映画祭がドイツ・ベルリンにて2025年2月13日から23日にかけて開催されています。また、併設のマーケットEFM(European Film Market)も同日に始まり、19日に閉幕を迎えました。本特集では、今年のベルリン国際映画祭・EFMについて、現地での状況を含めてレポート。第1回は、本映画祭の日本での位置づけをデータで示した上で、会場全体の様子を紹介します。
※本記事で触れられている内容は2025年2月時点の情報です。

《目次》

 

 

新ディレクターを迎え節目となる第75回ベルリン国際映画祭

昨年4月、映画祭ディレクターにトリシア・タトル氏が就任。本年は新ディレクターを迎えた初めての開催となり、上映ラインナップや受賞部門が注目されました。タトル氏は初長編映画監督作品を対象とした「Perspectives」部門を新設。同部門は、新進気鋭の映画作家にスポットライトを当て、多様な映画言語やスタイルを持つ作品を紹介することを目的としています。

トリシア・タトル氏トリシア・タトル氏

映画祭併設のEFMでは、大規模な契約の成立に期待が集まる一方、インデペンデント映画・ドキュメンタリー映画製作の第一人者らが語るパネルディスカッションが行われました。加えて、データやAIなど技術サービスに関するセッションも数多く開催。EFMメイン会場のGropius Bauの2階に”Innovation Hub"が新たに設置され、AIサービス企業やテックベンチャーと、プロデューサー・マーケターの交流の場となっていました。

EFMメイン会場Gropius BauEFMメイン会場Gropius Bau

今回の映画祭に日本からは、短編コンペティション部門に水尻自子監督のアニメ『普通の生活』(英題:”Ordinary Life”)、子どもを題材にした作品が選ばれるジェネレーション部門のなかでも4歳以上を対象とするGeneration Kplusコンペティション部門に横浜聡子監督の『海辺へ行く道』(英題:”Seaside Serendipity”)、パノラマ部門に藤原稔三監督の『ミックスモダン』(英題:”The Longing”)などが、それぞれ選出されました。

 

そもそも日本におけるベルリン国際映画祭の位置づけ

「ベルリン国際映画祭」では、黒澤明監督、黒沢清監督から、近年は濱口竜介監督の作品が高い評価を受けていますが、そもそも日本ではどの程度浸透しているのでしょうか。以下の図は、2024年12月に行った消費者調査に基づいた、映画参加者における主なエンタテイメント賞(以下、エンタメ賞)の認知度(知ってると回答する人)と興味度(受賞作品に興味がある)のランキングです。
※年間劇場鑑賞本数が1本以上と回答した人

※クリックして拡大

ベルリン国際映画祭の認知度は、映画参加者なら「誰でも知っている」わけではありませんが、比較的認知されていると言えます。興味度では、「アカデミー賞」「カンヌ国際映画祭」には及びませんが、それに次ぐ「ゴールデングローブ賞」や「エミー賞」、そしてともに三大映画祭とされている「ヴェネチア国際映画祭」と同程度の鑑賞に向けた意欲喚起力を持っています。

では、数あるエンタメ賞のなかで、「ベルリン国際映画祭」はどのような位置づけなのでしょうか。以下の散布図は、エンタメ賞とそのイメージのコレスポンデンス分析結果を示しています。中心から遠いほど特徴的で強い傾向を持ち、近いほど平均的な特徴で、多くのエンタメ賞と均等に関連していることを示します。また、散布図内での点と点の距離は、関連性の強さを示しています。例えば「アカデミー賞」と<有名>というイメージは距離が近いですが、両者の関連性が強いことを表しています。また、「カンヌ国際映画祭」「ゴールデングローブ賞」「ヴェネチア国際映画祭」は近い場所に位置していますが、これらのイメージの傾向が類似していることが分かります。

※クリックして拡大

「ベルリン国際映画祭」は、<有名・スケール感>のイメージが強く、先のランキングで認知度・興味度が近かった主要エンタメ賞たちと、散布図でも近くに位置しており、類似したイメージを持たれています。「アカデミー賞」は<話題性>のイメージが強い一方で、様々なエンタメ賞のなかでも、「ヴェネチア国際映画祭」と並んで<国際的>なイメージが強いことが分かります。

続いて、ベルリン国際映画祭の今年の様子をレポートします。

 

多くのフィルムメーカーがメッセージを発信するプラットフォーム

今年1月、映画祭最終日でもある2月23日に、ドイツの連邦議会の総選挙が実施されることが発表されました。これにより、もともと政治的・社会的な作品が評価される傾向があり、メッセージ発信の場として位置づけられるベルリン国際映画祭は、より一層政治に関するメッセージ性、ムードをまとうこととなりました。

プレス向けの情報発信や質問においても、各地での戦争・紛争や、アメリカのトランプ大統領はじめ各国のリーダーの発信するメッセージについての内容が多くなっていました。初日に開催された審査員記者会見では、審査員長のトッド・ヘインズ氏がアメリカを含めた世界が危機的状況にあるとしたうえで、フィルムメーカーとして、一個人として、「自分自身の誠実さと視点をどのように保ち、私たちの周囲の問題についてできる限り力強く、明確に発言する」ことの重要性を訴えました。

トッド・ヘインズ氏(左から4人目)トッド・ヘインズ氏(左から4人目)

また、新ディレクターのトリシア・タトル氏は、この映画祭を「拒絶」であり、「抵抗の行為」だと表現。世界中、ヨーロッパ、そしてベルリンの右派の指導者や政治家たちの思想に対抗するものだと述べ、「ここは、私たちが集まり、お互いの話を聞き、映画を通じてコミュニケーションを取るための場です。そして、国際的な大規模映画祭の背後にある多元的な考え方の歴史を、私たちは皆、深く称賛し、重んじています」と表明。「私たちがここに集まっているという事実そのものが抵抗であり、それは非常に重要なことなのです」と本映画祭の意義を訴えました。

 

ベルリンの映画観客層形成に貢献する価値ある映画祭

一方で、ベルリン国際映画祭は、大都市での開催かつ、業界関係者だけでなく、一般の観客も多く参加できる開かれた映画祭("Public Festival")として世界最大級を誇る一面もあります。2024年には、上映延べ入場者数が約45万人、チケットは329,502枚販売されました。三大映画祭を例に取ると、観光地で開催されるカンヌ国際映画祭は、主には業界関係者向けの映画祭であり、一般観客向けのチケットは限定的です。一般客にもチケットが販売されるヴェネチア映画祭では、2023年の上映延べ入場者数が約23万人、チケット販売枚数は83,266と発表されています。ベルリン国際映画祭は一般の人が参加する映画祭としての規模がより大きいことが分かります。

今年は、開催初日にベルリンでは珍しい大雪が降りましたが、メイン会場のBerlinale Palastは夜の上映も含めて連日満席。また、周辺のシネコンや大規模上映ホールでも売り切れが多く、ベルリンの映画ファンが多く足を運び活況を呈していました。

Berlinale PlatzBerlinale Platz

一方、連日コンペティション部門や特別上映作品がBerlinale Platzで上映されるなか、著名な監督、多くの人気俳優がレッドカーペットイベントに登場し、会場を沸かせました。映画祭のオープニングでは、「ベルリンを舞台にした映画」として挙げられることも多い、『ラン・ローラ・ラン』のトム・ティクヴァ監督の新作"The Light"が特別作品として上映されました。ベルリンに住む機能不全となった家族と、シリア人移民のハウスキーパーにスポットライトを当てた群像ドラマであり、ミュージカルとSF要素を兼ね備えた個性ある本作は、2時間42分の大作ですが、多くの観客を集めていました。

“The Light”トム・ティクヴァ監督(右から2人目)とキャスト陣 <br />© Richard Hübner / Berlinale 2025"The Light"トム・ティクヴァ監督とキャスト陣
© Richard Hübner / Berlinale 2025

特別上映部門では、ドイツプレミアとして『ミッキー17』(英題:”Mickey 17”)よりポン・ジュノ監督、主演のロバート・パティンソンが登壇。また、本年度アカデミー賞で8部門ノミネートされている『名もなき者』の上映時に行われた、ティモシー・シャラメらのレッドカーペットイベントが注目を浴びました。他コンペティション部門でも、"Dreams"よりミシェル・フランコ監督、主演のジェシカ・チャステインほか多くのフィルムメーカー、俳優がレッドカーペットイベントに姿を見せました。

『ミッキー17』ポン・ジュノ監督(右から2人目)、主演ロバート・パティンソン(右から3人目)とキャスト陣『ミッキー17』ポン・ジュノ監督(右から2人目)、主演ロバート・パティンソン(右から3人目)とキャスト陣

フィルムメーカーがメッセージを発信する場、大都市において観客層を育てる場として機能する華のあるイベント、ベルリン国際映画祭の在り方は、映画産業のプラットフォームとしての映画祭の可能性を示唆するものでしょう。「映画賞」では、1カ月もしないうちに、最も認知度の高い米国アカデミー賞があり、「映画祭」も、より知名度の高い映画祭のカンヌ国際映画祭が数カ月後に控えています。そのなかでベルリン国際映画祭は、「国際映画祭」としての位置づけを強化しようとしているというよりも、ドイツの首都ベルリンを代表するイベントとしての位置づけ、そしてベルリンの映画観客層形成に貢献するという意義を持つ、価値ある映画祭であると言えます。

 

特集:2025年ベルリン国際映画祭・EFM
  • 第1回:開かれた映画祭としての可能性~2025年ベルリン国際映画祭・EFM