今、AIが映画ビジネスにもたらすもの(2/2)~正しい期待値設定が生産性向上をもたらす
公開日: 2025/03/28
第75回ベルリン国際映画祭がドイツ・ベルリンにて2025年2月13日から23日にかけて開催されてました。また、併設マーケットのEFM(European Film Market)も同日に始まり、19日に閉幕を迎えました。本特集では、今年のベルリン国際映画祭・EFMについて、現地での状況を含めてレポート。第3回では、EFMの”Industry Sessions”で行われた、プロデューサーのための具体的なAI活用法についてのセミナー内容を紹介します。
※本記事で触れられている内容は2025年2月時点の情報です。
AI利用の先駆者による実践的な解説も

EFMの”Industry Sessions”で、2月15日15:30~16:30に“AI Playbook 101: Everyday Tools for the Independent Producer”(独立系映画プロデューサーのためのAI活用法)が開催されました。ポーランドを拠点とする映画製作会社Shipsboyのプロデューサーと、大学の研究者の2足の草鞋を履くヨアンナ・シマンスカ氏が、自身をAIの専門家ではなく、好奇心を持っている「AI curious」という立場として、映画製作におけるAIの活用について語りました。
AIの可能性と正しい期待値の重要性
シマンスカ氏は、30年前にプログラミングの授業を受けたものの、それ以来デジタルテクノロジーとの関わりは最小限で、2022年にChatGPTが登場し、映画業界やクリエイターたちがAIの可能性とリスクについて議論を始めたことをきっかけに、興味を持つようになったと、自身のAIとの関わりについて述べました。特にポーランドのような映画において「大きな周辺市場(large peripheral market)」では、AIが映画製作の現場にどのように影響を与えるのか、深く探求する必要があると考えを明かしました。
生成AIは映画製作の以下の分野で活用されており、Market Researchの予測データによると、その市場規模は2023年では3億5,110万ドルだったのに対し、33年には36億6,580万ドルとなり、年率平均成長率は27.2%となると紹介しました。
- コンテンツ生成(脚本作成、画像生成)
- 視覚効果(VFX)
- ポストプロダクションと編集
- 予算の最適化
- 鑑賞者のエンゲージメント(マーケティング分析、SNS分析)
- クリエイティブなインスピレーションの提供
AIの仕組みと限界
シマンスカ氏は、こうした大きな可能性を持つAIを活用するには、その仕組みを理解し、適切な期待値を持つことが重要であると説きました。そして、ChatGPTなどの「LLM(大規模言語モデル)」の仕組みを「アラカルト注文が可能なレストラン」に例えました。「レストランの顧客が『AIユーザー』だとすると、注文が『プロンプト(指示)』を書くことであり、ウェイターの注文処理能力が、情報を処理する『コンテキストウィンドウ(※1)』に相当し、注文に対して、シェフにあたるGPT、Claudeなどの『LLM』が、外部のレシピ『インターネット検索』や、顧客について知っていること『モデルが把握しているユーザー情報』に基づき、調理器具『エクセルファイルあるいは画像などを生成するモデルの機能』を使って、料理『指示への対応』を作るものです」と説明。その一方で、以下のような限界を理解し、正しい期待値を持つことが重要と語りました。
※1:モデルが一度に処理できるトークン数のこと
- 大規模言語モデル(LLM)は、確率に基づいて最も適切な単語を予測する仕組みであり、必ずしも「真実」を提供するわけではない
- データの偏り:訓練データが偏っていると、生成される内容にも偏りが生じる
- 記憶の制限:コンテキストウィンドウの制限により、長文の対話では内容を忘れてしまう
- 幻覚(Hallucination):AIが誤った情報を生成することがある
AIの実用的な活用例 日々の業務を楽にする
シマンスカ氏は、AIを日常業務で活用する具体的な方法を、3つのケーススタディを通じて紹介しました。
- 1. メールアシスタントとしての活用
- 映画学校の関係者と会合を設定するためのメール作成をAIに依頼。ChatGPTを使って、過去のWhatsAppの会話を要約し、適切なメール文面を作成。時間の節約とスムーズなコミュニケーションを実現。
- 2. 市場調査と戦略立案
- 若年層向け映画のマーケティング戦略を策定するため、過去の映画に関する鑑賞者調査レポート、キャンペーンの効果、興行成績予測を用いてターゲット層の行動パターンを解析。効果的なプロモーション手法を導き出す。
- 3. 資金調達のリサーチ
- 共同製作映画の追加資金調達の方法を収集するために、Gemini Advanced、Deep Research、Perplexity Proを利用。税制優遇措置やキャッシュリベート制度を活用できないか「エストニア、スロバキア、リトアニアの映画助成金制度の詳細を調査する」という詳細なプロンプトを作成。AIが最新の公的資金情報を収集し、資金調達戦略に役立てる。
AIとの向き合い方と今後の展望
シマンスカ氏は、AIを活用する上での注意点として、以下のポイントを強調しました。
- バイアスに注意:AIは既存のデータに基づいて学習しているため、人種、性別、地域などの偏見が含まれることがある
- リアリティチェックを行う:AIの回答は必ずしも正確ではないため、信頼できる情報源と照合することが必要
- 個人情報の管理:AIが記憶する情報を適切に管理し、プライバシーを保護することが求められる
- 規制と倫理:AI技術の進化に伴い、倫理的・法的な課題にも目を向ける必要がある
また、ChatGPTのカスタマイズ機能を利用して、「情報のバイアスを避ける」「批判的思考を促す」などの指示を与えることで、より有益な対話が可能になることも指摘しました。
シマンスカ氏は、最後にAIの未来について、映画業界にとって有望なツールとして活用するにあたり、必要な慎重さを以下のように語りました。
- AIのコストと持続可能性:現時点では利用しやすいが、様々なツールを使っていると将来的にコストが増大する可能性がある
- 人間中心のAI活用:AIに依存するのではなく、人間の創造性を補完する形で活用するべき
- チーム内でのAI活用ガイドラインの確立:組織内で統一したAI利用のルールを設定することが重要
AIの発展は止められませんが、それをどう活用するかは使う人次第。シマンスカ氏は「未来は決して固定されたものではなく、私たちがどのようにAIを活用するかによって決まります」と締めくくりました。
日常化と非日常のはざまにあるAI
特に映画ビジネスにおいては、AIは「クリエイティブな仕事を奪うもの」というイメージが強いですが、一般的には「生産性を上げるツール」として認識されているでしょう。生産性は映画ビジネスにおいて、特に小規模のインデペンデントの映画製作者にとっては死活問題。「日常の業務をどう楽にするか」という内容の講演に、たくさんのプロデューサー、マーケターが熱心に耳を傾けていたのが印象的でした。
ロボットの進化やAIが作った小説・映像、AI利用を強みとする映画制作会社の登場など、非日常感が当たり前になるスピードも目覚ましく、ワクワクするものですが、映画製作者にとっては、際限のない日常業務を楽にするツールが普及することも、またインパクトがあります。こうした先端技術に取り組む姿勢が、個人、企業、産業の成功に大きな影響を与えることでしょう。EFMのAIのセミナーに集まった人々の熱気から、1年後、あるいは数カ月後には、業界でのAI技術への姿勢に変化が現れる予感がしました。
- 第1回:開かれた映画祭としての可能性
- 第2回:今、AIが映画ビジネスにもたらすもの(1/2)~創造性を奪うのではなく、サポートする
- 第3回:今、AIが映画ビジネスにもたらすもの(2/2)~正しい期待値設定が生産性向上をもたらす
- 第4回:映画市場の根本変化とAIによる革命と未来(1/2)~ヨーロッパの映画業界が見る"Big Picture"近日中公開
- 第5回:映画市場の根本変化とAIによる革命と未来(2/2)~生成AIは「恐れるもの」ではなく「共に設計すべきもの」近日中公開
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