ビッグデータ分析の組織への導入とその本質
公開日: 2016/11/16
昨年ロサンゼルスで開催された米Variety誌主催の映像業界関係者向けのカンファレンス"Variety's Big Data Summit"において、「メディアとエンタテインメント界におけるデータサイエンティストの台頭」というテーマで語ったセッションのレポートの第3弾。
最終回である本記事では、ビッグデータ分析導入のための組織作りやデータサイエンティストが置かれる現実的な環境と今後の展開について、まとめていく。
モデレーター:
トッド・サプリー ( PwC エンタテインメント&メディア/パートナー )
パネリスト:
マット・マロルダ ( レジェンダリー・エンタテインメント/チーフ・アナリティクス・オフィサー )
ジョン・コーレン ( エレクトロニック・アーツ/プリンシパル・データ・サイエンティスト )
トーマス・ブラウン ( LAギャラクシー/ビジネス・オペレーション、ディレクター )
ウェイン・ピーコック ( ウォルト・ディズニー・カンパニー/アナリティク・インサイツ&ビジネス・インテリジェンス、ヴァイス・プレジデント )
ジェリマイア・ハモン ( ABCテレビジョン/プリンシパル・データ・サイエンティスト )
組織内でビッグデータ分析の導入をいかに進めるか
問題解決にビッグデータを利用したいが、未知なものであり、大掛かりなコストセンターとなることすら想像させるビッグデータ分析を導入するのは、どの企業も苦労しているようだ。では、エンタテインメント企業は、ビッグデータをどのように取り入れてきたのか?
LAギャラクシーのトーマス・ブラウンは「トップから始めます」といった。「組織のトップから始めて、その組織の古株の人物まで深く分け入って説得します。彼らが支持すると他は巻き込まれていきます。ですから始めるのは統括か、責任者たちです」。
ウォルト・ディズニー・カンパニーのウェイン・ピーコックも、まずはトップを説得するという。「ただ、どこがトップなのかは見極めなくてはなりません。その点、ウォルト・ディズニー・カンパニーは恵まれています。ボブ・アイガーをトップとした卓抜したビッグデータ分析調査会社であり、私の入社前からその分析を利用してきているのですから。新境地を開拓するために我々が取り組んでいるのは、すべての答えを持っているわけではないことを認めることです。我々は自分たちで作った解決策や分析を採用していますが、一緒に働いている仲間の分析も利用しています。ビッグデータ分析にまつわるカルチャーチェンジを見ていると、パートナーシップがビジネスにうまく溶け込むための鍵のように思います」。
LAギャラクシーのブラウンが補足する。「私も100%同感です。人は組織の助けになるべきです。威圧的になるのではなく、頼られるべきですし、自分たちで解決する時間がない時に結論を提案できる立場になる、助けになる人材だということを示すべきです」。
データサイエンティストチームの組織内の位置づけ
データサイエンティストのレポートラインは? 最高マーケティング責任者、最高財務責任者、どのレベルまで報告するのか? このことは、その企業におけるデータ分析の価値を示すバロメータになっているようにも見える。
ウォルト・ディズニー・カンパニーは、スタジオの最高技術責任者に報告するのだという。「我々はスタジオの技術部門の一部ですから、ウォルト・ディズニー・スタジオの最高技術責任者に報告します。それが良いと思う理由の一つは、我々のグループがスタジオの中である意味独立して、中立でいられるからです。特定の部門に縛られることがないからこそ、(分析)結果を客観的に見ることもできます。これはとても重要なことだと思います」。
LAギャラクシーのトーマス・ブラウンも、最高技術責任者に報告するという。「試合情報提供と個人特定情報提供は全世界の複数のスタジオと共有しています」。
レジェンダリー・エンタテインメントは、「最高経営責任者に報告します」とマット・マロルダ。
だが、ABCテレビジョンだけは、「チームが所属する部署の社長と最高ビジネス責任者です。または個々のビジネスの責任者です」とそれぞれの所属部門がレポートラインとなる。
ビッグデータサイエンティストのチーム作り
ビッグデータ解析のためのチーム作りの例として、レジェンダリー・エンタテインメントのケースを紹介する。
映画『マネーボール』で描かれた貧乏球団アスレチックスを強豪に導いたプレイヤー分析。実際の分析を行ったのは、レジェンダリー・エンタテインメントで現在はチーフ・アナリティクス・オフィサーを務めるマット・マロルダ。彼は、この分析をハリウッドのために役立てている。彼の抱えるサイエンスチームは50人で、スタジオでは最大規模となる。
「みなさんが驚かれることの一つは、私のチームのほとんどがボストンにいることです。会社はバーバンクにあり、私はこことボストンを行き来しています。ボストンには40~50人のデータサイエンスが在籍しています。そこにはコンピューターサイエンスのスタッフもおり、自分たちでソフトを作り、巨大なインフラも持っています。両方のスタッフは、全く違う方面からの異なる視点を持っています。だから二つの結果を受け入れることも良しとしています」とマロルダはいう。
どのようなツールでビッグデータを分析しているのか
こうして社内に構築されたチームはどのような分析ツールを使っているのか。その方針は、各社においてビッグデータの活用の仕方に対する考え方によって異なる。
LAギャラクシーが使っている分析ツールのいくつかは、かなり標準的なものだとトーマス・ブラウンはいう。「スポーツチームのビジネス運営はかなり効率的でした。しかし、資金がそれほど潤沢なわけではなく、時間もあまりありません。しかし達成しなければならない目標はある。そこで我々は外部に頼り、情報をもらうわけです。我々が使っているツールのいくつかはかなり標準的なものです。チケット販売のデータやEメールのデータ、調査データなど、すでに持っているデータや、簡単に手に入るもの、簡単に使用または応用できるものを使っています」。
エレクトロニック・アーツも、実際に使うツールはかなり単純なものだという。「エレクトロニック・アーツには25のスタジオがあり、それぞれ個別に運営しています。3年くらい前まではそれぞれでデータ分析をしていたものを一つに統合しました。現在は70人のエンジニアが分析を手掛けていますが、実際に使うツールはかなり単純です。何かの枠の中に収まっていようとするのではなく、常に結果を得るように心がけています」とジョン・コーレンは語った。
両社とも特別な分析ツールを使用しているわけではない。しかし、レジェンダリー・エンタテインメントは別だ。同社はインフラを自分たちで作っている。なぜ自社でツールを開発するのかというと、レジェンダリーのマット・マロルダは「潜在データの問題となる箇所や、用途と関連のある箇所を、常にピックアップしやすい状態に保守したかったのです」という。
また、「既存のツールに頼ることもできましたが、容易にその目的を達成するのに適切なツールは見つかりませんでした。それは解決するのが難しい特別な問題を発見したことも関係します。独自のソフトウェア・スタックを作る必要もありました。固い決意でツールを開発したのではなく、最適なものを探した結果こうなったということです」とマロルダは答えた。
ビッグデータ分析オペレーションにおけるスピードの実現
ビジネス運営上の多くの事象がそうであるように、ビッグデータ分析で価値を生み出す上ではスピードが重要である。各社はどうやってリアルタイムに結果を共有し、また、分析手法の改善を続けているのか?
レジェンダリー・エンタテインメントのマット・マロルダは、「それがまさに社内にインフラを作っている理由です」と言う。「進めながら学ぶことが可能です。最初は、例えば映画のようなコンテンツの場合、答えを引き出すまでに約25日かかっていました。今では2時間くらいですが、自分たちで作ったツールなので、何が上手くいって何がそうでないのか、何が重要で何が重要でないかがわかっている。これがチームの核となっているのです」。
ウォルト・ディズニー・カンパニーのウェイン・ピーコックは、「クラウドマネージメントの考え方」で開発を続けているという。「我々はプロダクト・マネージメントの観点で考えています。ツールと技術を開発し、どんなことであろうと分析の視点から進めます。どうすればこれを事業に発展させられるか、ということに焦点を当てています。また、最先端のプラットフォームの能力を活用するため、モデルでも、分析でも、特殊な技術でもなんでも、外部の人たちも使えるようにしています。シナリオを開発する際に、時間を短縮できるようにするため、それを発展させ、簡単に使えるようにしています。常にクラウドマネージメントの考え方で開発を続けているのです」。
グローバルへの展開
ビッグデータによる分析は、当然グローバルな方向へと進む。アメリカのエンタテイメント産業の次なる拠点となる中国、および世界への展開はどのように進んでいるのだろうか。
中国の大連万達グループ傘下となったレジェンダリー・エンタテインメントは、「我々は中国の大物プレイヤーたちとの関係を築いています。データ収集においては、関係のあるデータ取り扱い業者がおり、密に協力し合っています。中国でもほかの国でも、大変なのはアメリカとは方針がまったく異なることです。また規制の問題はとても多様で複雑。だからここでも自社のインフラを作らざるを得なかったのです」。
主力商材にFIFAを持つエレクトロニック・アーツは、「サッカーは、アメリカ国外により多くのプレイヤーがいるスポーツです。この分野ではサッカーファンすべてを対象に、中国からもデータを収集していますし、それ以外の地域からも収集しています」と答えた。
ビッグデータ分析とはサイエンスであり、アートでもある
セッション内で語られたビッグデータ分析の具体例と組織作りの背景にある思想、そもそもビッグデータ分析とはなんなのか? モデレーターのトッド・サプリーは「サイエンス? それともアート?」とパネリストに迫った。
ABCテレビジョンのジェリマイア・ハモンは、両方だという。「私が強調する点は、これはただのデータやグラフ、モデル、チャートといったものではなく、物語なのだということです。すなわち手にしたインサイトを使って、自分がどういう物語を語るか、ということ。素晴らしいデータやチャートを基に、ビジネスが上手くいくよう、どんなビジネスディシジョンを進めることができるのか考える。これができなければ、まだデータサイエンティストとしては未熟だということです。だから少しアートでもあり、少しサイエンスでもあるわけです」。
メディアとエンタテインメント界におけるデータサイエンティストの台頭 レポート
- (1) エンタテイメントビジネスにおけるビッグデータ分析の考え方と現状
- (2) エンタテイメント業界におけるデータサイエンティストの活躍事例
- (3) ビッグデータ分析の組織への導入とその本質
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