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ハリウッド映画宣伝におけるデータサイエンスと行動科学の融合
公開日: 2019/03/14

人はなぜ映画を観に行くのか? 消費者行動を理解する強力な秘密兵器(1)
innovate2018

 

2018年12月、米国カリフォルニア州ロサンゼルスで開催された“Variety Innovate 2018”より、映画鑑賞者の行動分析について語られたセッション“Beyond and numbers – what behavioral science can teach us about movie-goer“をレポートします。

データサイエンスの進歩により、私たちは大量の数字を手にしました。数字はすべてを物語ると思われがちですが、消費者の行動は数字だけでは説明がつきません。しかし、データサイエンスと行動科学を組み合わせることで、映画鑑賞者の“何を観たのか”と“なぜ観たのか”の関連を結びつけることができるのです。本セッションでは、この強力な武器を導入した20世紀フォックスの上級副社長と、その鍵を握るメディア心理学者がその理由や実際のアプローチ方法を明かしました。

 

スピーカー:
ベッティーナ・シェリック(Bettina Sherick)
20世紀フォックス映画(20th Century Fox) 戦略グループ内消費者インサイト&イノベーション 上級副社長

パメラ・ルートリッジ博士(Dr. Pamela Rutledg)
メディア・サイコロジー・リサーチ・センター(Media Psychology Research Center) ディレクター

 

連載第1回は、「映画鑑賞者の本当の行動パターンは何か」という命題を掲げる20世紀フォックスのベッティーナ・シェリック上級副社長が、なぜ同社が行動科学とデータサイエンスの融合を推し進めたかの背景を説明。その立役者となったメディア心理学者のパメラ・ルートリッジ博士が秘密兵器ともいえるその融合の結果導き出されるものを紐解きました。
※本記事で触れられているサービス内容はカンファレンス開催(2018年12月)時点の情報です

 

表層的な数値では消費者行動を理解できない

 

 ベッティーナ・シェリック(20世紀フォックス)
20世紀フォックスでコンシューマーインテリジェンスを担当しているベッティーナ・シェリックと申します。私のチームはデータの活用法を見直し、映画館に足を運んでくださるお客様の行動を深く理解することを目的としています。無数にコンテンツが存在する現代において、チームの命題は「劇場のお客様の本当の行動パターンは何か」という疑問に答えを出すことです。つまり、自宅の大画面テレビではなく、チケットを購入して劇場の大スクリーンで映画を鑑賞してくれるお客様を理解することなのです。

また、お客様が映画を観に劇場に行くと決めるまでのプロセスも解明したいと思っています。データという科学を考える際、我々はとかく数字に目がいきがちです。そして、SNS上での会話の裏にある数字を理解するためのサポートツールや代理店も数多く存在しています。消費者が実に多くのことを積極的にSNSでシェアしてくれる今日、こういったものは非常に有用です。ただし、単にコメントを読んで「いいね」や「シェアする」の状況を見るだけでは、「なぜ」に対する答えは得られません。発言理由に関して、我々がうわべの言葉や反応が肯定的、否定的、中立的であるかに気を取られているために、見逃している何かがあるのではないでしょうか。

消費者の行動は数字だけで計ることはできません。20世紀フォックスでは行動科学とデータサイエンスとを融合すべきであると考えています。表面的な言葉の背後にある実際の会話や行動を深掘りして理解しようとするわけです。我々のデータサイエンスチームはこういった感情分析に利用できるAPIを探したのですが、そういったものはありませんでした。そのため、人の手に委ねることにしたのです。

ご協力いただいたのはパメラ・ルートリッジ博士です。博士はメディア心理学者であり、心理学ならびに神経科学の理論や研究を基に観客のデータをプロファイル化し、アクションにつながるインサイトを読み解くのがご専門です。パターンや原型、消費者行動の背後にあるストーリーなど、我々が見ているものの本質を分析、提示してくださっています。我々はそれをマーケティングやクリエイティブチームに提供しているわけです。我々が劇場のお客様を理解する上での秘密兵器が、博士だと申し上げていいでしょう。博士、お越しいただきありがとうございます。サポートしてくださっている内容について、少しお話しいただけますか。

 

 

その仮説は観客の実態と合致しているか?

 

 パメラ・ルートリッジ博士
ご紹介ありがとうございます。データやプログラミングについてお聞きになっていた皆さんには時代遅れに聞こえるかもしれませんが、生身の人間として言わせていただきます。データが完全に人間に取って代わってはいけません。矛盾しているように思われるかもしれませんが、私の仕事はデータやコンシューマーインテリジェンスのチームと協力して、事柄の背後にある理由を解明することです。

私の武器は、バックグラウンドでもある心理学です。ただ、元々はメディアプロデューサーをしていました。心理学には非常に優れた分析手段や理論があります。これらを駆使してデータを読み解き、深いレベルで何が起きているのかを見つけます。これは非常に重要です。宣伝活動を行う時には、必ずクリエイティブがあり、戦略があり、それらを推進する仮説があるはずです。問題は、それが観客の実態と合致しているのか。そして狙った結果を出せる正確なものであるのかなのです。

ベッティーナの話にもあったように、メディア心理学は人間の行動のように目に見えるものと、感情といった目に見えない多くのものを結びつけます。データを見る際には、進化心理学、本能、神経科学などあらゆる観点を持ち込みます。一面のみから見ていては予測が難しいからです。車のミラー越しに予測を立てるのに似ているかもしれません。起こったことは分かっても、なぜ起こったのかは分からないため、次に何が起こるのかも分からないのです。その“なぜ”に光を当てることで、お客様が“何”をするかを予測するのが、私たちの試みです。

メディア心理学はシステム的アプローチです。つまり、製作、観客の反応、社会環境、関係性、政治的環境、デモグラなど、多くの要素を加味する非常に煩雑なものです。それら要素をあらゆるレベルで分析します。最初に考えるのは、発信された言葉そのものが何を語っているかです。表層のストーリーと言ってもいいでしょう。それから、より深いレベルでのストーリーを探っていきます。私たち心理学者はそれを「どんな感覚なのか?」と表現します。言葉では表されていない本当のメッセージは何なのでしょうか? トレイラーを始めとする各種施策が打ち出されているなか、お客様にとって重要だったのは何か、私たちのポイントは合っていたのか、ずれてはいなかったのかについて探っていくのです。

特集:人はなぜ映画を観に行くのか? 消費者行動を理解する強力な秘密兵器

 

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