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第2章 余暇時間の奪い合いのなか、『パラサイト』が狙った4つの層
公開日: 2020/07/17

『パラサイト 半地下の家族』から学ぶヒットの萌芽  第2章

 

2019年11月、米国カリフォルニア州サンタモニカで開催された映画見本市アメリカン・フィルム・マーケット(AFM:American Film Market)より、“Breaking the Mold: The Innovators”をレポートします。

連載第2回は、『パラサイト 半地下の家族』の配給を手掛けたNEONの最高マーケティング責任者、クリスチャン・パークス氏が登場。配給会社側からみたウィンドウ問題や、意識すべき競合相手について言及しました。さらに、米アカデミー賞では作品賞含む最多4部門を受賞し、大ヒットを記録している『パラサイト』が、いかにしてマーケティングを行い、劇場展開を進めたのか。その背景も明かしました。

※本記事で触れられている内容は2019年11月時点の情報です

 

《目次》

 

映画業界にとっての最大の脅威

 

モデレーター
配給会社であるNEONの視点から、ウィンドウ問題についてお聞かせください。劇場配給がメインであるということでよろしいですよね。

 

クリスチャン・パークス(NEON)
プラットフォームにとらわれないという点では、私たちも同じように考えています。メディアと映画の適切な組み合わせは、オーディエンスのためのものです。彼らがいなければ何も始まりません。もし、映画に興味を持ってくれる人々がいなければ、私たちにできることは何もないのです。素晴らしい映画を作れても、観てくれる人がいなければ、何の意味もありません。

そのようななか、私たちは劇場配給に注力しています。『パラサイト 半地下の家族』では、3つの劇場からスタートしました。今週末には600館になり、その後、さらに多くなることを期待しています。まだ観ていない人はぜひ観に行ってみてください。この映画は、ほかの観客と一緒に劇場で鑑賞するという、集団体験でこそ得られるものがあります。私も何度か観ましたが、劇場で観客全員が息を呑むような瞬間があり、それは素晴らしいことでした。映画の美しさは人々を結びつけることでなのです。

映画館市場はもちろん、動画配信市場においても、何が起こっているのか、率直に言って恐怖を感じています。先日、ボブ・アイガー(編注:現ウォルト・ディズニー・カンパニー会長)の発言で、フォックス・サーチライト・ピクチャーズ(編注:現サーチライト・ピクチャーズ)が、Huluのオリジナル・コンテンツを製作するという話もありましたね。

パラダイムシフトが起こっていますが、それは動画配信市場だけに限った話ではありません。我々の競合は、観客が劇場で10から15ドルを支払うことから遠ざけるものすべてです。ゲーム業界は今、映画業界にとって最大の脅威なのではないでしょうか。ゲーム業界は映画業界に世代間の壁を作ってしまったため、年々、若年層を映画に誘うのは難しくなってきています。若年層はソーシャルメディアに多くの時間を費やしており、彼らの情報やコンテンツがソーシャルメディア上で増殖している状態です。これをエンタテイメントの観点から考えると、ゲーム業界が映画業界を消し去っていると言えるのではないでしょうか。

毎年、CinemaCon(編注:全米劇場所有者協会[NATO]が主催するコンベンション)に参加していますが、痛ましいものです。「今年の興行収入は数パーセン増加しました」と話したところで、ゲーム業界はそれを軽々吹き飛ばしてしまうのです。北米の映画市場規模は、100億ドルから120億ドルといったところですが、ゲーム市場規模はその倍以上にもなります。

世代的な観点から言うと 若年層は映画鑑賞よりもビデオゲームを好んでいます。彼らは映画を観たいと思った時、スマホ等の小さい画面で観ます。その際、興味を喚起してくれる何かをすぐに得られなければ、観ることをやめてしまうのです。

 

 

劇場配給、PR、マーケティングの連動でオーディエンスを拡張

 

モデレーター
若年層の行動変化によってマーケティングの考え方は変わりましたか。つまり、「もういい、彼らをマーケティングしない」となるのでしょうか。それとも、『パラサイト 半地下の家族』などの作品では、マーケティング方法を変えたのでしょうか。

 

クリスチャン・パークス(NEON)
すべて変わりました。どの映画でも白紙の状態からマーケティングをスタートします。なぜなら、対象とするオーディエンスがベースになるからです。『パラサイト 半地下の家族』では、初期段階でオーディエンスを4つに分けました。実は米国在住の韓国人に絞った戦略も用意していたので5つありましたが、英語圏のオーディエンスは4つでした。我々はオーディエンスを前もって特定しているのです。

 

モデレーター
オーディエンスの詳細を伺ってもよろしいでしょうか。

 

クリスチャン・パークス(NEON)
オーディエンスの中心となるのは、まずポン・ジュノ監督のファン層です。20年にもわたりポン監督を支持している人々です。その外側に古典映画やアートハウス系映画のファン、Alamo Drafthouse Cinemaの観客層もある程度ここに入りますね。その周りにいるのがが、“IndieWire”層(編注:映画、テレビ、デジタル、業界ニュースなどを掲載するWebサイト)ともいうべき若いシネフィルです。そして、その外側には、映画がさらに展開していくなかで、取り込んでいくことになる複数のオーディエンスをまたがる幅広いメインストリームがいるわけです。願わくば、アカデミー賞でノミネートされれば、この層へのリーチが可能になります。

4つのセグメントは、配給とPR、マーケティングで利用され、各セグメントに対して異なるクリエイティブが用いられます。これらは3本足のスツールのようなもので、そのうちの1本でも失うと、全体の計画が崩れてしまいます。劇場配給計画、PR計画、マーケティング計画がありますが、それらはすべて特定のオーディエンスの獲得にむけて連動し、映画の成長にあわせて拡大していくものなのです。映画公開直後に転んでしまうと、勢いをつけるのが難しくなります。

現在の変化は……、そうですね、競争の激化に戦慄しています。改めて申しますが、配給会社の競合は、劇場で10ドルや15ドルの購入を妨げるものすべてなのです。

 

『パラサイト 半地下の家族』から学ぶヒットの萌芽

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