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第3章 ニッチ層に刺さる展開でスマッシュヒット
公開日: 2020/07/22

『パラサイト 半地下の家族』から学ぶヒットの萌芽  第3章

 

2019年11月、米国カリフォルニア州サンタモニカで開催された映画見本市アメリカン・フィルム・マーケット(AFM:American Film Market)より、“Breaking the Mold: The Innovators”をレポートします。

連載第3回は、ファンデータの活用方法やニッチ層の重要性について、業界の先駆者らが事例を挙げて意見を交わす場となりました。SNS型の小説投稿・閲覧サービスWattpadを運営するアロン・レヴィッツ代表は、ユーザーから得たデータをいかにコンテンツ制作に活用しているかを解説。製作会社PICTURESTARTのエリック・フェイグCEOは、“ニッチ”層に刺さるプロモーションこそ、スマッシュヒットにつなげる鍵であると明かしました。

※本記事で触れられている内容は2019年11月時点の情報です

 

《目次》

 

ファンデータを用いたプロジェクト推進

 

モデレーター
アロン、コンテンツ制作の見地から現状をどのようにみていらっしゃいますか。

 

アロン・レヴィッツ(Wattpad)
毎月、13歳から35歳を対象とした8,000万人に調査をしているのですが、彼らは依然として映画館に行くことに興味を持っています。この調査を通じて分かったのですが、彼らは15ドルを使う理由を求めています。「映画館に行ってから、何を見るか考えよう」なんて時代は過ぎ去りました。

Wattpadの興味深いところは、あたかもオーブンで予熱した状態からプロジェクトを始められることです。PICTURESTARTのエリック(・フェイグ)とともに、“Along for the Ride”のプロジェクトを手掛けました。Wattpadで公開された原作は何百万人もの人々に読まれています。私たちは読者が本作を愛していることはもちろん、彼らが段落毎にコメントを入れているため、小説のどのパートを好んでいるかまで把握できています。さらに読者から、「この段階で登場人物がしたことは好きではない」といった声を聞けるほか、「パイロット版の脚本はどうでした?」と尋ねて、その結果をもとにプロジェクトパートナーとともに改善することも可能なのです。驚くべきことに、クリエイティブな重役でさえ見落としているものをファンは指摘してきます。

以前は、スクリーンに様々なものを映し、観客の中にファンがいることを期待していました。しかし今では、ファンや彼らが作り出したデータを利用して、プロジェクトを進めたく思っています。ここ30年にわたって伝えてきている似たような物語ではなく、新鮮で創造性に富み、多様な声を伝えられる物語を見つけたいのです。フランスの若い女性が興味を持つ作品があり、調べてみると実はインドネシアでも同じ話が響いていることが分かったので、それを映画化しようということがあります。つまりこれは、アメリカを起点としてプロジェクトを進めるということが通じなくなったということを意味しているのです。

Wattpadが手掛けた最初の劇場公開作品は、ワン・ダイレクションのファンフィクションを映画化した“After”という作品で、4月に公開しました。私たちはワン・ダイレクションのファンがこの物語を愛していることを確信しており、まずは出版社サイモン&シュスターを通じて、書籍として出版しました。結果として、世界の10の地域で1位を獲得し、30の言語に翻訳されました。本作は製作費をそれほどかけずに映画化したのですが、世界中でヒットを記録し、今年のインディーズ映画のトップ5に入っています。ファンにとってワン・ダイレクションへの想いを託す映画になったのではないでしょうか。

熱狂的なファン層を特定できれば、私たちのように彼らに直接リーチできるようになります。まず、ファンの兆しはReddit(レディット:投稿型のソーシャルサイト)で始まります。その反応が彼らをFortnite(フォートナイト:ビデオゲーム)から遠ざけ、劇場へと誘うのです。私たちは、ここで終わりにはしません。これらのデータを使って素晴らしい物語を見つけなけらばならないからです。クリエイティブ段階でも利用しますが、マーケティングでも活用しています。マーケティング結果なしに映画を製作することはできません。プロジェクトの最初からビジネスプランとして利用するのです。

 

 

ネット社会が変えた“ニッチ”の意味

 

エリック・フェイグ(PICTURESTART)
どうやって1つの分野から別のメディアに移行していくか。アロン、これはあなたが成功を収めてきたことです。そして、私たち全員の課題でもあります。それは、ニッチな分野かもしれませんが、個性的であることが重要です。私はいつも非常にニッチな部分に注力してきました。ニッチな層にアビールして、拡散させるのです。

それが、『パラサイト 半地下の家族』や“After”がブレイクする唯一の方法なのだと思います。似た作品として、『トワイライト〜初恋〜』や『ラ・ラ・ランド』を思い出しました。私が手がけた2つの作品は素晴らしいと思っていましたが、ニッチな層にしか訴求できないと思っていたのです。しかし、取り組んでいるうちにそのニッチ層は、ニッチでありながらも、作品の魅力を広げているということに驚きました。私たちはそのニッチ層への訴求を変えることなく続けていましたが、ニッチ層を超えて拡大していったのです。

そして私はこう思いました。より多くのオーディエンスにアピールしようとするのではなく、ニッチ層へのアピールに集中するよう努めなければならないと。なぜならそれこそが幅広いオーディエンスへの訴求につながる唯一の道だからです。マーベル映画のケースはっきりしています。彼らは信じられないほどニッチな層にフォーカスし、見事にやり遂げ、幅広い層に広げることに成功したのです。

ニッチ層に注力しなければならないと言いましたが、これは自分たちがターゲットにしているのが誰かを明確にし、彼らと深い関係を築くことを意味しています。そうすれば、一つの小さな火花から始まった小さな炎が、徐々に徐々に大きくなっていくのです。もしその炎が小さいまま残ったとしても、燃え尽きることはありません。そのための適切な配給戦略を考えることができれば、問題ないのです。それが私たちにとっての唯一のチャンスだと思います。そうでなければ、炎のない煙になってしまうからです。

 

ティム・リーグ(Alamo Drafthouse Cinema)
あなたが使った言葉“ニッチ”の意味は、以前と同じではありません。かつて、マーベルは地元のコミックブックストアで語られるものでした。しかし、ネット社会が変革をもたらしたのです。何百万人にも膨らんだニッチ層が、同じことを話題にしているのです。もし、そういった鉱脈を掘り当てることができれば、素晴らしい創造の瞬間を迎えることができるでしょう。

フランチャイズであろうと、単発作品であろうと テレビ番組であろうと、そのニッチ層を中心にマーケティングを構築していくのです。理解できないかもしれませんが、それらは作品に対する愛や感情であり、確かにそこに存在しているのです。“ニッチ”という言葉は、かつて使われていた意味とは変わってきています。私たちはプラットフォームやソーシャルメディアを介してオーディエンスを統合し、グローバル単位で人々の潜在意識を利用できるようになったのです。

 

『パラサイト 半地下の家族』から学ぶヒットの萌芽

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