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ヒットのために配給は「緊急性」を醸成し、興行は「頻度」を高める~エクゼクティブ・ラウンドテーブル(1/3)
公開日: 2025/01/24

特集:シネアジア 2024 第3回

タイのバンコクで開催された「シネアジア 2024」(開催期間:2024年12月9日~12日)より、アジア・太平洋地域の映画配給・興行のキーパーソンらが登壇したパネルディスカッション「エクゼクティブ・ラウンドテーブル」を3回に分けてレポート。1回目は、コロナ禍以降、大きく変容した世界の映画興行市場において、配給会社と興行会社がいかに協力すべきなのかの道筋を緊急性と体験価値をキーワードに示しました。
※本記事で触れられている内容は2024年12月時点の情報です。

モデレーター
ランス・パウ(Rance Pow)
アーティザン・ゲートウェイ(Artisan Gateway):Founder & CEO

パネリスト
トニー・チェンバース(Tony Chambers)
ウォルト・ディズニー・カンパニー(The Walt Disney Company):Head of Global Theatrical Distribution

アン=エリザベス・クロッティ(Ann-Elizabeth Crotty)
ソニー ピクチャーズ リリーシング(Sony Pictures Releasing):EVP Global Customer Experience, Exhibitor Partnerships & Retail Marketing

キャメロン・ミッチェル(Cameron Mitchell)
Cinema Association Australasia [CAA]:Executive Director
※オーストラリア、ニュージーランドの映画興行団体

スリョ・スヘルマン(Suryo Suherman)
Cinema XXI :President Director
※インドネシアの大手映画チェーン
 
《目次》

 

 

配給が「緊急性」を醸成、興行が価値ある体験を提供し、「来場頻度」を高める

動員を生む、緊急性="FOMO”(Fear of Missing Out)の醸成

コロナ禍の影響で、映画館が一時的に閉鎖され、ハリウッド作品の供給が停滞しましたが、その結果、ローカル映画が市場で占める割合が拡大しました。観客が徐々に映画館に戻りつつあるなか、配給・興行会社がどのように対応しているのか注目されました。

まず、ウォルト・ディズニーのトニー・チェンバース氏が、観客による映画館の利用習慣が大きく変化したと指摘しました。これまでは「とりあえず映画を観に行く」という行動は一般的でしたが、現在は「映画館で観る特別な価値を提供する」ことが必要であると述べました。そして、観客に「その映画を映画館で観なければならない」という「緊急性」を感じさせることが特に重要であると主張。「良い映画があれば観客が来るわけではありません。スターが出ているロマンティックコメディであればある程度観客が入るということも、もはやありません。一方で劇場鑑賞の緊急性、"FOMO”(Fear of Missing Out)を醸成できれば、『インサイド・ヘッド2』『トップガン マーヴェリック』などのように、爆発的な動員が実現され、ヒットの規模は天井知らずという状況もあり得ます」。

映画館に求められる「頻度(frequency)」向上の役割

さらに、チェンバース氏は配給と興行の役割について言及。先述の通り、配給会社は映画を観ないといけないという「緊急性(Urgency)」を醸成する必要があるが、一方で、映画興行会社は映画を観に来た人がまた来るよう、「頻度(frequency)」を高める役割を担う必要があると語りました。両者が協力して、映画鑑賞を家ではできない体験として、イベント化していくことが不可欠と強調しました。これに対して、Cinema Association Australasiaを代表するキャメロン・ミッチェル氏は、プレミアムシネマ体験や多様な座席設定によって、映画館での特別な体験を実現し、観客の満足度を向上させることで、再訪意欲を引き出せると述べました。観客が求めているのは、多様で質の高い作品であるとともに、映画館体験の質も重要で、プレミアムシネマが大きな役割を果たしていると強調しました。

また、ソニー・ピクチャーズのアン=エリザベス・クロッティ氏も、配給と興行が協力し、特別なイベントや体験を作り出すことが重要であると賛同。「南米では、ファンイベントや特別ネタバレ上映が成功を収めています。限定グッズやタレント招待といった特別感を提供することが、観客を引きつけるカギになるでしょう」と述べました。

 

最高レベルの映画館体験が付加価値を実現する

目指すべき体験価値水準は、業界内ではなく、各分野のトップ企業

Cinema Association Australasiaのミッチェル氏は、コロナ禍以降プレミアム上映が回復の中心となっていることについて、その背景には、「人々は安くて平均的な体験よりも、より多くの対価を払ってでも素晴らしい体験をしたいと考えている」ことがあると示しました。「トニー(チェンバース氏)が言ったように、緊急性の醸成が必要です。それによって焦った観客はその映画を観るために、より多くのお金を払うでしょう。どうしても観たいもの、行きたいイベントがある時、人は何としてでもそれに行こうとするのです」と考えを明かしました。

また、ミッチェル氏は体験価値の向上のために、より高い基準を目指していく必要があると説きました。「よくSNSでアメリカの人が、不味そうなホットドッグの写真を上げて『これが最高だ』と言っているのを見かけます。私たちは映画館での体験をさらに高める必要があるのです」と強調。そして、目指すべきレベルについて「私たちは自分たちを映画産業でのベストとよく比較しがちですが、それではいけません。テクニカルな分野においては、AppleやUberといったトップ企業と比較すべきです。フードにおいても市場にある最高のものと比較すべきなのです」との考えを示し、その理由として「人々は価値ある体験のためなら何でも払う」からだと訴えました。

業界全体の利益につながる顧客単価アップ

さらに、プレミアムな映画体験を提供し、単価を上げていくことが業界全体の利益につながると主張するミッチェル氏。「どうすれば彼らを通常のチケットからVIPチケットへと引き上げることができるのか。チケットのアップグレードは、配給側の利益につながり、それによってさらに多くの映画が作られることになります。興行会社は、パートナーであるスタジオからより多くの映画が公開されることを必要としているのです」との考えを示し、体験の価値に焦点を当て、単価を上げる取り組みによって全員が勝者になれると主張しました。

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ウォルト・ディズニーのチェンバース氏が示した「配給は『緊急性』を醸成し、興行は『頻度』を高める」とのフレームワークは、本パネルディスカッション以外の場でも、シネアジア開催中に何度か触れられました。日本を含めて世界中で配給と興行の協力が不可欠とされるなか、市場の構造変化も踏まえたうえで、どのように協力すべきなのか、分かりやすい道筋を示しました。また、ミッチェル氏の顧客単価を上げるべきという主張は、「単なる値上げ」ではなく、「高い付加価値の体験を提供し、それ相応の対価を得る」ことが可能であり、それが産業全体の好循環につながるという発想からきています。そのために目指すレベルは最高水準。これは多くの映画ビジネス関係者に、前向きな方向性と刺激を示したのではないでしょうか。

 

取材・構成:梅津 文

特集:シネアジア 2024