日本市場におけるハリウッドの挑戦と機会
公開日: 2025/01/17
タイのバンコクで開催されたアジアの映画興行・配給事業者向けコンベンション「シネアジア 2024」(開催期間:2024年12月9日~12日)より、ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ国際劇場配給部門プレジデントのアンドリュー・クリップス氏が登壇した日本市場における映画業界の現状と未来についてのプレゼンテーションの模様をレポート。日本市場が抱える機会と課題が浮き彫りになり、ハリウッド映画の立ち位置や今後の戦略が示されました。
※本記事で触れられている内容は2024年12月時点の情報です。
マクロ視点での日本市場の特性
アンドリュー・クリップス氏は冒頭、現在は米カリフォルニア州バーバンクを拠点としているものの、日本で育ち、日本の映画業界でキャリアをスタートした自身の経歴を共有。ハリウッドスタジオに従事しつつも、日本市場を理解する立場として、独自の視点を提供できることを願っているとコメントし、本講演の登壇者となった背景を語りました。
まず、クリップス氏は日本市場はエンタテイメント業界にとって大きなチャンスがある一方、多くの課題も抱えていることを述べました。特に、日本の人口動態の変化と経済的な課題が市場に大きな影響を与えているといいます。
2023年、日本の出生率は過去最低の1.21を記録し、観客層の変化が予測されています。高齢化が進む一方で、若年層はローカルコンテンツへの関心が高まっており、オンラインサービスの普及もそれに拍車をかけています。クリップス氏は、供給量が改善しつつあるハリウッド映画も、日本市場の変化に適応するための努力が必要であると強調しました。
外国映画の苦戦と国内映画・アニメの成長
日本の映画興行市場は、コロナ禍後の回復期にありますが、その構成は大きく変化しているといいます。2024年の日本の興行収入の75%が邦画によるものになると予測されており、クリップス氏から「かつて邦画と洋画の比率が50:50だった時代もありましたが、現在では邦画が支配的になっている」との説明がありました。特に日本のアニメ映画は質の向上とファン層の拡大によって大きな成長を遂げていると訴えました。この傾向は中国、韓国、インドなどの他の市場でも見られるもので、ハリウッドスタジオが直面している課題であるといいます。
プレゼンテーションでは、世界の興行収入の傾向と日本市場の状況についても触れました。2024年の世界興行収入(アメリカを除く)は前年比で約20億ドル減少すると予測されていますが、その80%が中国市場によるものであり、その他のグローバル市場は横ばいとなっています。アメリカについても2024年11月末から12月にかけての好況から、前年の水準に匹敵するか、ほぼ近いレベルとなる可能性が挙げられました。一方、日本市場は、コロナ前の平均値と比べて興行収入が(米ドルベースで)約30%減少していますが(※日本の興行収入における米ドルベースと円ベースの推移の比較は補足チャート参照)、国内映画の減少幅は小さく、全体の減少の原因はハリウッド映画にあることが指摘されました。


過去10年間における日本の興行収入をジャンル別に見ると、ハリウッド映画の割合が減少する一方で、国内アニメ映画が成長しているといいます。2014年の外国映画の実写・アニメーション合計のシェアは42%を占めてしましたが、2024年には23%にとどまることが示されました。実写外国映画の減少が最も大きく、14年に16%だったシェアは24年には8%となっています。
ヒットするうえでのIPの重要性と格差広がり
作品別では、興行収入上位におけるハリウッド映画の本数が減少。クリップス氏は、「コロナ前、興行収入の年間TOP10の顔ぶれは6、7本でしたが、23年は『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』と『ミッション:インポッシブル/デッドレコニングPART ONE』、24年は『インサイド・ヘッド2』と『怪盗グルーのミニオン超変身』となる見込み」と解説。そして、既存のIPに基づいた作品のみがTOP10入りを期待されている現状を踏まえ、IPの重要性がこれまで以上に高まっていることの考えを示しました。
なお、世界と比べた日本市場の構造上の特徴として、「日本ではTOP10映画が興行収入全体の約30%を占めており、これはコロナ禍前の平均と一致しています。他国では興行収入がトップ映画に集約される傾向がありますが、日本では依然として多くの国内映画が製作・公開されているため、このようなバランスが保たれている」と考えを述べました。
また、「成功する映画は大ヒットし、観客の心に深く響きますが、失敗する映画は本当に失敗し、観客に敬遠されます」とクリップス氏は述べ、小規模映画がかつてのように一定の収益を確保できる環境はもはや存在しないと指摘しました。特にスーパーヒーロー映画は苦戦していると話し、一方で『スパイダーマン』シリーズは例外として人気を維持しているとも付け加えました。
プレミアムフォーマットの人気
続いて、プレミアムフォーマットの映画館が引き続き日本で人気を集めていることが挙げられました。現在、日本には50以上のIMAXがあり、4DXやDolby Cinemaも増加中です。クリップス氏は、プレミアムフォーマットが自宅視聴との差別化を図るための重要な手段であると述べ、ワーナー・ブラザースではプレミアムフォーマットを積極的に支持しており、ローカル作品を含め、可能な限りこれらのフォーマットで映画を公開していることを明かしました。
為替レートの影響
日本市場に影響を与えている為替レートの変動についても触れました。2021年には1ドル=約100円だった為替レートが、現在では1ドル=150円を超えています。この変動により、マーケティング費用は米ドル換算で削減される一方、興行収入から得られる米ドルが減少し、スタジオの収益に影響を及ぼしていると説きました。
今後の展望
クリップス氏はプレゼンテーションの最後に、日本市場が依然として重要であると強調。日本市場には人口動態や経済的な課題はありますが、その可能性として、「日本の観客は引き続き映画館に足を運び、チケット価格も健全な水準を保っています。また、映画館インフラも非常に整備されています」という点を挙げ、今後の展望として、「大きなIPを活用し、賢明なマーケティングキャンペーンを実施し、差別化された体験を提供することで、日本の興行収入は再び成長する可能性がある」と結びました。
日本市場は、ハリウッドスタジオにとって重要な市場であり続けるなか、日本市場の特性を理解し、観客のニーズに応える戦略が求められます。本プレゼンテーションは、ハリウッドスタジオが直面する課題と可能性を再確認する機会となりました。
取材・構成:梅津 文
- 第1回:世界・アジア太平洋市場概況
- 第2回:日本市場におけるハリウッドの挑戦と機会
- 第3回:ヒットのために「配給は緊急性を醸成し、興行は頻度を高める」~エクゼクティブ・ラウンドテーブル(1/3)
- 第4回:映画館の価値を高める条件~エクゼクティブ・ラウンドテーブル(2/3)
- 第5回:「もはやコロナ後ではない」映画配給と興行、ローカルとハリウッド、対立を超えて~エクゼクティブ・ラウンドテーブル(3/3)
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