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第3章 ヒットを科学する「2:メガヒットの兆候がみられるのはいつ? その究極の要素とは」
公開日: 2018/08/09

特集:スタジオトップマーケターによる基調ディスカッション 第3章(2)
massive2018

 

映画のマーケティングに携わる者は、いかにして確実に成功を収められる宣伝計画を立案するのでしょうか。そして、成功する配給戦略とはどのようなものなのでしょうか。”MASSIVE The Entertainment Marketing Summit”で行われた基調ディスカッション“Film Studio Keynote Conversation”では、各スタジオのマーケティングのトップが、具体的な作品の宣伝施策を例に貴重な経験の数々を披露しました。

 

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共感を呼び大ヒットを記録した『ブラックパンサー』と『ワンダーウーマン』。果たして、ヒットの兆しはどのような時点で把握できていたのでしょうか。その答えをディズニー・スタジオ、そしてワーナー・ブラザースのマーケティングトップが解説。さらに、ヒットを導いた究極の要素まで明かしてくれました。連載最終回を飾る必読のディスカッションです!

 

※本記事で触れられているサービス内容はカンファレンス開催(2018年3月)時点の情報です。
※スピーカーの概要は、連載第1回「第1章 宣伝戦略の今 「1:ヒットの鍵を握る映画のイベント化」」をご覧ください。

 

観客の共感を呼べるかどうかが鍵
――『ブラックパンサー』の事例

 

 

 モデレーター
『ワンダーウーマン』『ブラックパンサー』のような大ヒット作品は、どの時点でヒットの兆候を発見できるのでしょうか?

 

 リッキー・ストラウス(ウォルト・ディズニー・スタジオ)
『ブラックパンサー』では、従来型のトラッキング調査のほか、ソーシャルリスニングでもヒットの兆候が見られました。そのほか、恵まれないコミュニティの子どもたちのためのチケット購入キャンペーンの結果、彼らが映画館に殺到する様子からも分かりました。さらに、映画関係者でもないのにスポークスマンを買って出てくれる方々の存在も大きかったですね。自発的にムーブメントが起きたのです。あの木曜の夜には、もうすべてが決まっていました。覚えていらっしゃいますか。『ブラックパンサー』は公開週の木曜から日曜にかけて、素晴らしい結果を叩きだしたのです。

大ヒットを記録するには運が必要です。そして、そのような幸運に恵まれるかどうかは、観客の共感を呼べる作品であるかにかかっています。それができて初めてマーケターは、「さあ、この子を最高の状態にしておいたから養子に出しましょう。ここから先どんな学校に通うかは他の人に決めてもらいます」と言えるのです。

 

 ボブ・バーニー(アマゾン・スタジオ)
先日、オフィス近くを歩いていたら、道に迷った80歳くらいの女性に出くわしました。誰かに電話してくれるよう私に頼むとこう言ったのです。「観たい映画があるの。何だったかしら、ブラック何とか。あれを観に行くのよ」。映画館に着くと、全てのスクリーンで『ブラックパンサー』が上映されていて、30分ごとにどこかのスクリーンで始まっていました。もちろん彼女を助けてあげましたよ。どこでこの作品のことを知ったのか分かりません。しかし、しばらく映画を観ていなかったのにこれは観たいと思ってくれたようでした。

 

 リッキー・ストラウス(ウォルト・ディズニー・スタジオ)
私の祖母の様子と似ていますね。彼女からは「『ピンクパンサー』はうまくいっているの?」と聞かれましたよ(笑)。

 

女性版ヒーローと位置づけなかったことが成功の要因
――『ワンダーウーマン』の事例

 

 

 モデレーター
ブレア、『ワンダーウーマン』について少しお話しいただけますか? 本作も興行収入面の大ヒットに留まらず、あらゆる年代の女性の権利向上に対する賛歌と捉えられるまでになりました。この動きは予想通りだったのでしょうか?

 

 ブレア・リッチ(ワーナー・ブラザース)
私たちは迷信に惑わされて目の前で起きていることを信じられないことがありますよね。「タイム」誌が素晴らしいことを言っていました。『ワンダーウーマン』に関して、女性は結束しなければならない、そして実際にそれが起きたと。『ワンダーウーマン』は、最初から女性のスーパーヒーロー映画の1作目になることが分かっていました。しかし、本作のテーマは“責任”です。ですから、スーパーヒーローものが好きな男性向けの映画ではない、とは言いたくありませんでした。女性向けの映画を製作すること自体が、反女性的になってしまいますからね。

 

 モデレーター
観客の男女比はどうでしたか?

 

 ブレア・リッチ(ワーナー・ブラザース)
およそ半々といったところです。

 

 モデレーター
それはすごい。興味深い結果です。

 

 ブレア・リッチ(ワーナー・ブラザース)
実は、作品情報を露出し始めた時には非常に不安を感じていました。というのも、予告編に対する反応をみたところ、国内では女性よりも男性に受けていたのです。そこで少し考えたのですが、私くらいの年齢であれば、リンダ・カーターが主演したTV版「ワンダーウーマン」を観て、こぞって彼女のポーズを真似したのではないでしょうか。しかし、若い層はそれを知りません。キャラクターとしては知っていたかもしれませんが、ワンダーウーマンは彼らのTVアイコンではなかったのです。

そこで、若い層に向けて当時のようなポップカルチャーに仕立てる必要がありました。また海外については、アメリカのように子ども時代の記憶に結びついてはいないため、キャラクターそのものを浸透させなければならなかったのです。振り返ってみると、海外におけるキャラクターの浸透に関しては若干弱かったかもしれません。これは後に行ったリサーチで判明しました。

いずれにしても、パネラーの皆さん同様、才能と情熱にあふれたチームがいてくれたことも重要でした。愛情を注げる特別な作品に出会えた時のマーケティングチームが抱く、意思と情熱の力は無視できないものです。昼間のTV広告ほど明白ではありませんが、間違いなく成功の一因だったと断言できます。

『ワンダーウーマン』の宣伝では、ストーリーを前面に出し、女性版のヒーローと位置付けるような過ちを犯しませんでした。これは考え得る限り最高のものだったと思います。ワンダーウーマンはあらゆる人や物事を象徴する存在であり、そこが非常に重要だったのです。『ブラックパンサー』の宣伝も、同じように見事でしたね。

 

究極のヒットの要素は映画の質
良い作品に勝るものはない

 

 

 

 リッキー・ストラウス(ウォルト・ディズニー・スタジオ)
ありがとうございます。先ほどの繰り返しになりますが、素晴らしい才能に恵まれたスタッフやこの業界に関わっていらっしゃる方々のことを誇りに思う一方で、今日において何よりも大切なのは質の高い作品ではないかとも思うのです。

『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』『ブラックパンサー』『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』など、ヒット作を考えていただければお分かりになるでしょう。良い作品であることは何にも勝るのです。『ベイビー・ドライバー』『ワンダーウーマン』『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』も、本当に良いレビューがついた映画であり、それは我々にとって非常に大きいことでした。もしあまり良いレビューがつかない作品であれば、その状況をひっくり返すのは至難の業です。

 

 モデレーター
ありがとうございます。こうしてずっとお話をうかがっていたいところですが、このあたりで終わりたいと思います。みなさん、本日は貴重なお話をありがとうございました。

 

 

スタジオトップマーケターによる基調ディスカッション

 

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